「批評は文化、芸術、政治、学問に不可欠」 吉田秀和賞の前田さん

 【茨城】優れた芸術評論を発表した人に贈られる第31回吉田秀和賞に「ナチス絵画の謎 逆襲するアカデミズムと
『大ドイツ美術展』」(みすず書房)を書いた立教大名誉教授の前田良三さんが選ばれた。今月19日に水戸芸術館で
賞の贈呈式があり、講演では「批評は文学、芸術、政治、学問に不可欠なものだ。ナチスの時代は批評というものが
圧倒的に欠けていた」と訴えた。

 ナチス・ドイツのヒトラー総統は、ナチスの価値観に合うかどうかで芸術作品を評価し、シャガールやクレー、
カンディンスキーらの絵を退廃美術として抑圧した歴史がある。

 1937年夏には、ナチスが否定した前衛美術をさらしものにする「退廃美術展」と、ナチスが称賛した「真正のドイツ芸術」を
一堂に集めた「大ドイツ美術展」が、ミュンヘンで開かれた。

 戦後、退廃美術に関する研究は進んだが、大ドイツ美術展の作品は芸術上の価値が乏しいプロパガンダ美術として、
ひとくくりにされがちだった。

 前田さんは大ドイツ美術展に出展された1枚の絵に注目。ヒトラーが好んだ画家ツィーグラーが描いた4人の裸婦群像で、
「四大元素」と名付けられている。古代ギリシャで提唱された世界を構成する四つの要素「火、風、水、土」を表し、
ナチス絵画の代表作とされる。

 前田さんによると、描かれている裸体は、勝利の女神のような堂々たるものではなく、プライベートな雰囲気をまとう。
一方で、絵は教会に飾られる宗教画で用いられる3面フレームに収められ、公的なイメージも漂わせている。
「さまざまな見方を許したあいまいな作品だ」と複雑さを指摘する。

 前田さんは著書の中で「それ自体は空虚で凡庸なものが、自らを絶対的な力として受け入れるよう迫ってくる」と
この絵を批判的に論じた。

 「四大元素」が公開された翌年の38年、ミュンヘン会談で旧チェコスロバキアの一部がドイツに割譲され、
39年に第2次世界大戦が始まった。(西崎啓太朗)

https://www.asahi.com/articles/ASPCY74H0PCYUJHB001.html