日本の賃金が上がらないという問題について多くのメディアが取り上げるようになった。筆者は数年前からずっとこの問題を指摘してきたが、当初は「日本を貶めている」「反日」といった誹謗中傷を受ける有様だった。このテーマが市民権を得たこと自体は良い方向性だが、日本経済の状況がいよいよ深刻になっていることの裏返しでもある。


岸田政権が賃上げを重視したこともあり、多くの論者が様々な見解や解決策を提示しているが、一方で議論が迷走しているようにも見える。あらためて日本の低賃金問題について整理してみたい。
生産性を構成する要素は3つしかない

 日本人の賃金は極めて低く推移しており、米国の約6割の水準しかなく、韓国にも抜かされた状況にある(購買力平価でのドル換算)。現代経済は完全にグローバル化しており、どの国の消費者も同じ製品を同じ値段で購入せざるを得ない。iPhoneは機種によっては15万円もする高額商品だが、日本人の1.5倍以上の年収がある米国人にとって負担感はそれほど大きくない。つまり賃金が低いことは、生活水準の低下に直結する問題となっている。

 賃金が上がらない理由は様々であり、それ故に議論も錯綜しているが、経済学的に見た場合、賃金というのはシンプルな理屈で決まる。賃金は労働生産性に比例することが分かっており、各国の賃金格差は労働生産性の違いにほかならない。様々な識者から提示されている解決策というのも、基本的に生産性の問題に収れんすると考えてよいだろう。

 2020年における日本の労働生産性(時間あたり)は49.5ドルで、主要先進国中最下位だった。統計を遡れる1970年以降ずっと最下位が続いているので、当然の結果として賃金も低く推移している。生産性を構成する要素は、基本的に以下の3種類しかない。

 (1)付加価値
(2)労働時間
(3)労働者数

 生産性を上げるためには、上記3要素のうち、いずれかあるいはすべてについて改善すればよく、逆に言えば、この3つを変える以外に生産性を上げる方法はない。つまり賃金を上げるためには、付加価値(つまり企業の収益)を上げるか、労働時間を減らすか、労働者数を減らすかの選択になる。

 では、賃金を上げる方法として議論されている各種の処方箋について、上記3要素を軸に再検討してみよう。

 【企業への賃上げ要請】

 岸田政権は企業に対して3%の賃上げを要請するとともに、賃上げを実施した企業に対して税制面で優遇する方針を示している。では政府からの賃上げ要請というのは上記の3項目に影響を与えるのだろうか。結論から言うと、側面支援の効果はあるものの、本質的な解決策にはならない。

 政府から賃上げを要請された企業が仮に賃金を上げたとしても、企業の収益(付加価値)が拡大していない状況では最終利益が減額となってしまう。減益となれば株価も下がり資金調達に悪影響も出るので、企業は品質の引き下げや下請けへの値引き要求など別なところで利益を上げようと試みる。それができない場合、単純に製品を値上げするので、物価が上がってしまい、賃上げ分を相殺してしまう。

 賃上げ税制を実施しても、賃上げした分だけ利益が減ることに変わりはなく、企業にとって大きなインセンティブにはならない。最初から賃上げをする予定だった会社が、節税目的に制度を利用するケースが大半だろう。

 整理すると、賃上げ要請や賃上げ税制は上記の3項目に直接的な変化を与えないので、全体の賃金を引き上げる効果は薄いとの結論になる。

 【最低賃金の引き上げ】

 一部の論者は最低賃金を引き上げれば、やがて全体の賃金上昇につながると指摘している。賃上げ要請とは異なり法的な強制力を伴っているので、引き上げを実施すれば、低賃金労働者層の賃金は確実に上昇するだろう。問題はそれが経済全体にどのような効果をもたらすのかだが、推進論者は最低賃金引き上げによって企業の淘汰が進み、やがて全体的な賃金も上がると主張している。


 【雇用の流動化=終身雇用の見直し】

 日本企業では新卒一括採用、年功序列、終身雇用が一般的であり、こうした特殊な雇用形態は俗に日本型雇用と呼ばれている(メンバーシップ型というのは、特殊な日本型雇用をオブラートに包んで言い換えただけに過ぎない)。

 日本型雇用においては、一定年齢に達するとほとんどの社員が何らかの形で管理職となり、年収が増えると同時に現場から離れてしまう。現場を回すには常に新卒社員を採用し続ける必要があり、日本企業は体質的に組織の肥大化と総人件費の増大を招きやすい。

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/5c57d5ca3094e4e4b1d555295288c04c0a074e93