振り返ると、あの時は寒かったなと思い出す。
冬空の下、震える手を飲みたくもない缶コーヒーで温めた。捜査関係者が帰宅するのを、家の前で立って待ち続ける日々。8時間待ったこともある。あんまり寒いので、足元まで覆うサッカー用のベンチコートを買って着込んでいた。
元法相の河井克行氏と、その妻で自民党の参院議員だった案里氏。河井夫妻の大規模買収事件を、2年余りにわたって追い掛けてきた。克行氏は、案里氏が立候補した2019年7月の参院選広島選挙区で、地方議員たち100人に現金を配ったとして公選法違反罪に問われた。判決で認定された買収額は、2871万円に及んだ。
この事件の捜査が本格化するにつれ、朝も夜も、捜査関係者の自宅に向かう「夜討ち朝駆け」を繰り返した。しかし、捜査関係者はいつ帰ってくるか分からない。寒くても待つしかなかった。ある日は夕方から待って深夜1時ごろ、ようやく赤ら顔の捜査関係者がタクシーで帰ってきた。
「捜査の進捗(しんちょく)状況は」。はやる気持ちを抑えて尋ねる。だが、返ってくるのは心がさらに凍り付くほどの「塩」対応。「ノーコメント」。箸にも棒にも掛からないとはこのことか。がっくりと肩を落とす日々が続いた。
河井夫妻が逮捕されると、舞台は司法の場に移った。東京地裁での裁判を取材するため、私の東京出張は計9回、合わせて約150日に。連日開かれる公判の焦点は、河井夫妻が地方議員たちに手渡した現金の色がクロかシロかだった。法廷で朝から夕方まで、河井夫妻と地方議員たちの発言を、一言一句聞き漏らさないよう、ひたすらノートに速記する日々が続いた。
取材を積み重ね、見えてきたこと
そんな取材の積み重ねの中で、見えてきたことがある。政治家同士のカネのやりとりは実に頻繁に行われていること。そうしたカネをクロかシロか判定するのは非常に難しいこと。そんな中で、政治家たちのカネのやりとりの感覚はまひしていったのではないかということ―。今回の裁判では、カネを受け取った側は全員不起訴処分となり、今も多くの議員が職を続けている。
取材を通して、さまざまな思いを抱えているのは、私だけではない。2年以上にわたって取り組んだ一連のキャンペーンには、数多くの記者が携わった。一人一人がどんな取材をし、何を思ったか。それは今月刊行された書籍「ばらまき」(集英社、1760円)にまとめている。
あの寒かった日々を経て、いま胸にあるのはもどかしさと憤りだ。このままでは、政治に対する有権者の冷ややかな視線を払拭(ふっしょく)できると思えない。
https://news.yahoo.co.jp/articles/89bac28f9faa0b455604e9d56b6a4979c6926b7e
集英社学芸単行本ばらまき 河井夫妻大規模買収事件 全記録https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?jdcn=08781713948768000000