https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB055T00V00C22A1000000/
「銀歯」の治療費、貴金属価格を早期反映へ なお残る不満
「逆ざや」問題で対応策
虫歯の治療に欠かせない「銀歯」。この治療費の価格改定の頻度を高める議論が進んできた。原材料となる貴金属価格の変動が早い一方、政府の決める治療費の改定に時間がかかり、歯科医の仕入れ価格が治療費を上回る「逆ざや」が長く続いているためだ。歯科医の経営を揺るがしかねないとの声が高まっており、政府も制度の改善に動きはじめている。
「銀歯」高は歯科医の経営を圧迫している(神奈川県横須賀市の平川歯科医院)
「治療すればするほど赤字が膨らむ」――。近年、歯科医から嘆きが上がるようになった。虫歯治療で一般的に使われる銀歯は、銀より高価な金とパラジウムも多く含む。特に供給量の少ないパラジウムは価格変動が激しい。主にガソリン車の排ガス触媒に使い、ここ数年の国際的な環境規制の強化で需要が急増。パラジウムの国際相場は2021年春に一時1トロイオンス3019ドルと、史上最高値を記録した。
足元の価格は半導体不足に伴う自動車減産の影響で1900ドルを下回るなど高騰には一服感がある。それでも歯科医の悩みが解消したわけではない。根幹には治療費にあたる公定価格を政府が決め、仕入れ価格が大きく変動しても迅速に反映できないという制度に問題があるためだ。
銀歯の公定価格は基本的に2年に1度の診療報酬改定に合わせて決まる仕組み。原材料相場に大幅な変動があった場合、より短い間隔で価格を見直す随時改定のルールを新たに設けるなど、過去にも制度の改善が図られてきた。それでも歯科医が仕入れる銀歯の実勢価格と公定価格の差は埋まらず、歯科医にとって赤字となる「逆ざや」は改善していなかった。
政府も手をこまねいていたわけではない。22年度の診療報酬改定に向け、21年7月から厚生労働相の諮問機関の中央社会保険医療協議会(中医協)で、「歯科用貴金属の価格改定」をテーマの一つに設定し、議論が重ねられてきた。
12月下旬の中医協では、貴金属の価格が5、15%超変動した際に価格改定する現行の随時改定のルールを改めて、変動幅にかかわらず3カ月ごとに年4回改定するなど複数案が議論された。さらにこれまでは随時改定に際して3カ月前までの平均素材価格が使われてきたが、これを2カ月前までの素材価格を使うことにし、より直近の価格を反映することなどが検討された。
出席した日本歯科医師会常務理事の林正純委員は「反映の感度を極力高めるための対応」と新ルールに一定の理解を示す。現段階では正式決定ではないものの、今後の中医協で議論が固まれば、早ければ今年7月の随時改定から新ルールが適用となる見込み。
ただ、新ルールにおいても「制度の根本的な矛盾は残る」との指摘も少なくない。神奈川県横須賀市で歯科医院を営む歯科医師の田中敏章さんは「後追いで価格が決まる以上、上昇局面では逆ざやが累積し、経営を圧迫する構図は変わらない」と警戒する。実際の仕入れ価格と、厚労省が価格算定に使う素材価格の理論値との間のズレなど、今回の改善案では解消しない問題も残るという。
昨夏の議論開始段階では根本的な制度改正に向けた動きになるとの見方もあっただけに、現行制度の小幅な変更にとどまる今回の対応策に歯科医側の一部からは「肩すかしを食らった」と落胆する声も漏れる。神奈川県保険医協会の高橋太事務局次長は「制度矛盾の抜本解決に向けて今後も継続的に議論する場が必要だ」と話す。