石原氏はほぼ10年前の2012年4月に沖縄・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の東京都による購入計画を表明。それが同年9月の尖閣国有化の契機となり、日中関係の悪化を招いた。いま日本を覆う反中世論の基礎をつくったと言っていいだろう。

【全画像をみる】“ブレない政治家”石原慎太郎氏「都有化目指した尖閣問題」実はブレブレだった。知られざる「2009年対談」の中身

その石原氏が実は、領土問題について、日中両国による「主権棚上げ、共同開発支持」を公言していたことはほとんど知られていない。

尖閣問題「棚上げ」に反対続けた石原氏
石原氏の自宅を弔問した岸田文雄首相は、報道陣に対して「あらためてその存在の大きさを痛感」と語り、ジャーナリストの田原総一郎氏は「批判もあるが、ぶれない政治家」(朝日新聞、2022年2月1日付)と評価した。https://news.yahoo.co.jp/articles/d03e8c0d1ce2c01be0c5b6d35fc177435e096ee1