ロシアがウクライナを侵攻してくれると、あるいは侵攻しそうな様子を見せてくれると、アメリカにはいくつものメリットがある。米軍のアフガン撤退の際に失った信用を取り戻すと同時に、アメリカ軍事産業を潤すだけでなく、欧州向けの液化天然ガス輸出量を増加させアメリカ経済を潤して、秋の中間選挙に有利となる。

◆アフガン撤退で失ったNATOからの信用を取り戻す

 昨年8月のアフガンにおける米軍撤退の仕方が、あまりにお粗末であったために、アフガン占拠と統治に20年にわたり協力してきたNATOは、まるで梯子を外されたように戸惑い、アメリカの信用は地に落ちた。

 トランプ元大統領から政権を奪取し、「アメリカは戻ってきた!」と叫んで、国際社会への復帰を次々と謳ったバイデン大統領は、アフガンにおける米軍撤退によりトランプ政権時代よりもさらに一歩後退して国際社会の信用を失ってしまった。

 そこでロシアが例年の軍事演習をウクライナ周辺で行っていることを利用して、「ロシアがウクライナに侵攻してくる!さあ、みんなで結束してロシアのウクライナ侵攻を食い止めよう!」と、尋常ではない勢いで国際社会に呼び掛け始めた。

 この作戦は見事に当たって、多くの西側諸国が「ウクライナ侵攻」を信じる方向に向かわせることに成功した。

 ブリンケン国務長官が目の色を変えて「一に結束、二に結束!」と叫ぶのは、「NATOの結束」をアメリカに向かう方向に取り戻したいからだ。

 プーチン大統領がどんなに「ウクライナに侵攻するつもりはない。ウクライナがNATOに加盟することによってNATOが東方拡大することを阻止したいだけだ」と否定しても、「いや、騙されるな。プーチンは絶対にウクライナを侵攻してくる」と断言し、しまいには「プーチンはウクライナを侵攻する決断をすでに下した!」と、プーチンの心を見通すことができる「超能力」ぶりを発揮して「ウクライナ侵攻」を譲ろうとしない。

◆アメリカは液化天然ガス(LNG)輸出を増やし、ロシアに勝ちたい

 欧州のエネルギーの多くはロシアの天然ガスに頼っている。

 およそ3分の1ほどを、ロシアからのパイプラインを通して輸入している。

 世界はクリーンエネルギーを求めて動いているので、炭素排出量の少ない天然ガスは人気の的だ。特に脱原発を掲げるドイツは、早くからロシアと協力してノルドストリーム2の建築を進めていた。

 しかしトランプ元大統領はそれを面白く思わず、親露に傾いていたメルケル元首相とは犬猿の仲であったことは有名だ。なんとかドイツにノルドストリーム2を思いとどまらせたいのは、バイデンも同じなのである。

 そのためには、どうするか?

 「ロシアはウクライナに侵攻しようとしているので、ロシアに制裁を加えなければならない」と欧州諸国に呼び掛けるのは、恰好の題材だろう。

 そうすれば欧州諸国はロシアからパイピラインを通した天然ガスを購入せず、アメリカから液化天然ガス(LNG)を購入するしかなくなるので、アメリカのLNG関係者が潤い、今年秋の中間選挙でバイデン陣営に投票してくれる選挙民が多くなるだろうという計算なのである。

 もちろん「オオカミが来るぞ――!」と声高に叫び続けていれば、ウクライナの周辺諸国は自己防衛のためアメリカから武器を買ってくれるので、アメリカの武器商人も潤うという計算だ。

 ロシアとて、天然ガスの値上がりで、悪い思いはしていない。

なぜアメリカは「ロシアがウクライナを侵攻してくれないと困る」のか(遠藤誉)
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20220220-00283005