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和人は、頻繁に電話をし、泣きついたり脅したりして、詩織さんを自分のもとに留めようとしたが、詩織さんは、6月14日に、和人に対して、付き合いを辞めたいとはっきり言った。すると、その日の夜、和人と和人の自称上司と自称社長が、猪野家に乗り込んで、自称上司は次のようなことを言った。

【お宅のお嬢さんにそそのかされて、うちの社員が会社の金を500万着服した。どう落とし前つけるんだ。誠意を見せろ。お宅のお嬢さんを詐欺で訴えてもいいんだぞ。】

この自称上司は、小松和人の兄、小松武史である。和人は、詩織さんに対して、職業を外車ディーラーと偽っていたが、実際には裏風俗店(違法な風俗店)の経営者であった。社長が和人なのだから、自称社長ももちろん偽者である。自称上司は、社員(和人)が、詩織さんに騙されて精神的におかしくなっていると主張したが、詐欺で付き合いを始め、相手を追い詰め、精神的におかしくさせているのは、他ならぬ和人の方である。和人は加害/被害の関係を鏡像的に反転させ、他者の中に自己を見出し、自らを被害者の立場に置いているのである。



和人は、両親に圧力をかけて、詩織さんを取り戻そうとしたが、失敗した。そこで、今度は、両親を含めた猪野家全体を、さらに外側から圧力をかけて、詩織さんを取り戻そうとした。7月13日には、詩織さんの写真が入った中傷ビラが近所に貼られた。さらに8月23日と24日には、父の勤務先に、父と詩織さんを誹謗する怪文書が大量に送られた。これは、ヘーゲルの言葉を使うなら、「承認をめぐる闘争」である。自分の主張を周囲の多数に認めさせ、そして、標的を包囲し、最終的には、詩織さんに認めさせようとしたのである。

人は、この時まだあきらめていなかった。

【「中傷ビラ」の準備に詩織さんの写真を提供する和人について、手下の男たちは、和人は「未練があった」「復縁したがっていたと思う」と証言している。】

だが、この包囲戦も、効果をあげずに失敗すると、和人は、最後の手段に訴えた。10月26日に、和人は、兄を通じて、元暴力団員の店員に1800万円を支払って、詩織さんを殺害させた。そして、翌年の1月27日、北海道の屈斜路湖で自殺した。