ニーチェ「幸せになる為に哲学探究したら気が狂って死にました」←これマジで意味ないだろものごっつ幸せになった哲学者教えろ [527893826]
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能梅毒になるくらいまで娼婦買いまくらなければ良かったんに 哲学に限らず何か極めようとすると幸せからは遠ざかる気がする 哲学者って金持ちより俺の方が真理に近いから上だって精神的勝利してそう 考えても無駄なことは考えても無駄である
みたいなのが真理だろ 幸せかどうかは知らないが
マルクス・ガブリエルはどうだ?
「日本人は『許すこと』を学んだほうがいい」哲学者マルクス・ガブリエルの考える日本人の問題点
https://president.jp/articles/-/55460 >>27
仏教って来世でハッピーになるために今世は我慢みたいなとこあるから好きくない >>28
釈迦っちは教祖のくせに輪廻に懐疑的じゃなかったか >>27
キリスト教的な考え方より仏教の方が俄然好きだな俺も ソクラテス。
ドクニンジン飲んで死んだろって?
いや、でも本人はめっさ納得づくで死んだ感じだし。 最近だと中島義道が絶望的に不幸そう
誰も寄り付かなくなって孤独な終末
本は面白いけど真似するもんじゃないね そもそも哲学者ってのはこの世の謎を解き明かそうとして解き明かせず死んでいく
存在やからな。まともな哲学者は自分の寿命が尽きる前に謎が解き明かせないかも
しれない事に焦燥を感じながら死んでいくだから彼等が幸せになる事は無い ん〜やっぱそういうのは仏教なんじゃねえの
もしくは神道? 幸せな生活してるやつはそういう幸福追求哲学やんないもの
だって幸せなんだし
そんな事するくらい暇があったらチンチンの神様のネックレス付けて風俗街で遊んでたよ 誰だったかが、生きにくいやつがなんで自分は人間社会で生きにくいのか知るための学問だと言ってたな >>34
10年ぐらい前に何冊か読んだけど
孤独が最強と謡いつつ物凄くビジネス欲が強いアッパーな人ってイメージなんだが
何かあったの? >>44
超人思想や永劫回帰は幸福の追求とはいえんのか プラトンはおじいちゃんのヨタ話を信じてアトランティス大陸の伝説となった
哲学者なんか下らないでしょ🤔 >>47
幸福の追求というかプラトンから始まってる二元論の転覆が目的なのでは 考えすぎは毒だけど日本人は自分で考えて自分で意見いけるくらいの力を義務教育で学んだ方がいいわ カントは規則正しく生活して長生きしたやん
ヘーゲルは20歳若い貴族の娘と結婚したし 人間という生物のポンコツぶりが炙り出されるだけだろ 伝統的な上座部仏教では幸せにすらなれんぞ?
全ては関係性から成り立つって思想だから幸福があるから苦しみがあると
幸福も捨てなければならない。
じゃあそんなん普通に社会生活してたら無理じゃん、
皆が出家したら子供も生まれないじゃん、生産も出来ないじゃんって
在家羅漢論とかワチャワチャグチャグチャやって
釈迦の死後何百年もしてから出来たのが大乗。 哲学と幸福って関係がないよ
幸福になりたいのなら心理学や仏教の本を読んだ方がいい ある程度はバカでいた方が幸せなんだよ
なんなら超バカで教養なくても幸せになれる
ヤンキー夫婦の家族とか完全にそれ >>49
ただまっすぐ歩いて相手を殴りつけるだけで勝てる古代レスリング・プラトニックスタイルの創始者にして
パンクラチオンは不完全なボクシングと不完全なレスリングの合体であるとか言っちゃう剛拳哲学者だよ プラトンはイデアに飛んで幸せだったんじゃない
アリストテレス先生にこき下ろされてたけど ほんま口の悪いスレタイだな
他板に嫌われるのも納得
そこまでいうなら嫌儲の哲学出すべきだろ 大学教授だったし恋もしてた
売春婦相手にセックスもしまくってたろ?
俺らと比較すると何十倍も幸せよ 超人思想てそういうことなの?
幸?不幸?うるせぇ!ドン てことじゃないの >>71
晩年は本も売れて名声も高くなって
若い人が集まってた
弟子に囲まれて、という状態だったようで
眠ったまま死んでたらしいし
最期も幸せ ニーチェは哲学探究はしてないんじゃないかね
むしろ哲学探究を否定するような思想 哲学って不幸な人に必要なんだよ幸せなやつはそんなんで悩まない 哲学者て生きることは無意味て考えに至るのなんなん?
大学で生命と倫理て講義取ったせいで講師の哲学者に延々と生きることの無意味を解かれましたわ (´・ω・`)突き詰めると食料と住宅(棲家)があれば生きていけるのでその他のものは要らない😇👍合理性 まず哲学や思想が幸福感とリンクしてるって思い込むところが浅学な人間が陥りやすい誤謬だろ >>82
現代思想的に「意味」を否定することに熱心になってたんでないか ふつうの人には常識に属するようなことが、哲学者には理解できない
息をするように簡単なことが、哲学者には簡単ではない
哲学者はふつうの人たちよりもかなりの程度まで劣った人たちのこと >>73
人を惹きつけるためにある程度目立つタイトルにしちゃってる すません
でも幸せになりたくて哲学を学んで
不孝になって死んじゃった人をお手本にするのはどうなの?という単純な疑問がある >>285
宗教じゃないんだから
哲学やっても幸せにはならん 哲学ってのは普遍の真理を愛して求めること
そのために「自分の思い込み」を疑い無知の知から普遍を志向するってのもの
これがソクラテスプラトンアリストテレスからの西洋哲学
これを批判し嫌悪したのがニーチェだろう 生誕の災厄で有名なシオラン
あれだけ悲観主義だったのに最後はボケて、自分の著作を他人に読まされて「この人上手く書くねー」とかニコニコ褒めてたらしい なっち「少数に慣れたので脱獄サンキューしたら日が暮れていました」と戻る。
アルマジロエミネムらとマングース賞賛あった脱獄ショー焦る あとそもそも論として生きてて幸せなやつは「生きる意味とか哲学とは?」なんて考えない
幸せじゃない根暗なやつがそこを追求してるってのもある >>82
それは君の大学の講師の関心がそのテーマだったってだけだと思うよ >>20
無為自然を尊ぶ老荘思想だな
老子はイマイチはっきりしてないが荘子は官職も辞して悠々自適に80近くまで生きた >>89
お前ニーチェ読んだことあんの? 百田尚樹や小林よしのりみたいな奴だぞ?(本当)
ヒットラーに影響与えた奴だぞ? >>93
あれだけネガティブでも長生きだよな
処世術だったんだろうか
シオラン好きだけど
生まれるなら1万年前か1万年後が良かった みたいな考え方が好き (ヽ´ん`)安住できる程度の絶望の中で生き続けたい >>98
小林よしのりと同じように見てよいかどうかはともかく
その思想の影響を受けた運動を自身は嫌悪したってのは共通してるな
ニーチェ→ナチス
小林よしのり→ネトウヨ >>98
そいつらに比べたら随分ナイーブだよなとは思う >>73
ゴミクズどもに嫌われるのなんか嬉しくてしょうがないがな
君はそんなに仲間の絆が大事なのかい? >>98
プラトン「所詮レスリングもやってない弱者の哲学よ」 ミチッミチチッ 樽で気ままに生活してたディオゲネスは幸せだっただろうか プラハの路上にて狂死
永劫回帰とか宗教的なインスピレーションだと思う オリジナルは存在しないという考えはある
しかしコピーという行為が不全であったならどうだろうか
立場環境様々な要素から構成される個々が同一の認識をもっているとは考え難い
何かを見聞きしたとして、それを己に取り込んだものは果たして実体そのものであろうか
己から発現したものでなく他者から取り入れたものだとしても、それは結局オリジナルなのではないか
誰かの言葉を借りたり誰かの生き方を真似してみたりしても、それは己の道なのではないか
幸せになった哲学者が居るか居ないか、それも己がどのように受け取るか次第のように思う >>106
> プラトン「所詮レスリングもやってない弱者の哲学よ」 ミチッミチチッ
古代の哲学者って武闘派多いからなあ 幸せにはならないけど安倍を信仰するよりは人生がより良くなる 自分の利益の追求のみをして幸せに感じる者なら知識は幸せを運んでくるだろう。
自分も他者も皆幸せにと願うなら知識は貴方を苦しめるだろう。 路上で馬が虐待されてるのを見て、発狂したんじゃなかった? ウィトゲンシュタインの遺言は「最高の人生だった」らしいな 宗教を哲学の範疇に入れていいなら、
大半の宗教家は幸福そうに死んでると思う ニーチェも時期によって言ってることは大分ズレがあるみたいで
初期はショーペンハウアーの影響を受けた
虚無主義的な芸術至上主義みたいな考え方だったみたい >>118
上に立つ人だけじゃん
宗教って当人には幸せでも子供や家族には害になり易いよな
そこが宗教の良く無いところ ウィトゲンシュタインは論考ばっか語られるけど、
晩年に書いた哲学探究だとワリと希望に満ち溢れてて哲学者なのにハッピーな人生だった人なのかなって思った 確かにネチャネチャしてる
刺さる洗顔
合唱パターン
テンプラ 深淵を覗くとき深淵を覗いているのだ
ケンモメン
ニーチェもこの境地には至れなかったらしい 哲学や精神系の学問を追究しすぎた奴って大体病んでるだろ >>120
ツァラトゥストラが一番前向きな内容な気がする… >>118
宗教は不特定多数の人間との共有だし行為が伴ってるから哲学みたいに孤独に自分の頭の中だけで考える世界ではない
教会で祈るとか墓参りみたいに生活に取り込まれてルーティン化してるから精神が安定する人も多いんだろう なんかの映画でJDが「妹に恋するキチガイ」連呼してて笑った >>85
「役にたたない、カネにならない学問は不要」と
学術予算を削りまくって経済も衰退してるバカ国家があるらしいね >>127
悲観的な思想や欲望肯定倫理否定の思想、そこから他者攻撃の言説に傾いたタイプの人は
自殺したり発狂したりが目につくな
一方で自己探究の方向でやってた人は死に際に「これでよし」みたいな死にかた 弁論術は「役に立つ」ので
ソフィストは儲けたろうけど >>130
カルトは別として組織宗教の思想家って政治家みたいなもんだしね
想像してるよりよほど普通、つかポジトークのひとつもできて当然、て感じ >>129
強さのニヒリズムってやつだね
全ての価値が仮象で否定されるなら、自分自身が価値を生み出していく
その先に人間から超人へと至る、みたいな思想 >>139
苦行はオナニーあるけど涅槃はちゃうくね? 結局哲学って書物の中だけの二次元の世界だからそこに入り浸りし過ぎると窮屈になり頭バグるんだろな 哲学スレええな常に立ててほしい
ツァラトゥストラでもやはりニーチェの孤独と
それでも自らを鼓舞しようとする痛々しさが漲ってるよね
そらプラトン以降の当たり前のものとしてあった思考形態を真っ向から批判したんだもんな ニーチェの超人思想ってニーチェ本人に現実逃避と論破されそう
ひろゆき対ひろゆきみたいなのが作れそう >>141
文字通り本当にオナニーなのよ
即身仏とか快感が自己完結しないと無理じゃね >>63
全員が土方だったら
パルテノン神殿は建てられない 逃走のハゲ
酢豚の勝ちは後ろ
淫獣か宇宙人
シーソー 祖父母が手術で助かったから医者を目指しました
ロボットアニメを見て工学に興味持ちました
こういう風にやりたい学問は環境に左右される
哲学やりたがる人は根源的なものを求めざるを得ない出来事があったんだろう 哲学に手を出した時点で考えやすい、悩みやすい、苦悩しやすいって素質が有ったんだろうな 高級感のある趣味ってだけだな
趣味なら幸せにも不幸にもならない
仕事にしてしまうと違うだろうがそれは何でも同じ >>147
オデュッセウスとセイレーンです
即身仏になろうとしたら棺桶に入って身体を拘束すればいいだけで、強い意志は必要ありません 逆だ
考えるな
考えなければ幸せなんだよ
言葉で考え続けて言葉に到達したとしてそれ何の意味があるんだ ヒュームは幸せだったのでは。ルソーと関わったことだけが人生唯一の汚点だが 仏教を下手に独学で学んだら結局この世界なんて実体あるものなど何一つなく全ては自然現象の産物ってことがわかって、逆に何か生きるの虚しくなっちまったんだがここからどう進めばいいのだ そら我々の見てる世界は全て表象だとか一切は空だとか
考えてる奴が幸せになれる訳ねえさ
束の間音楽でも聴いて超越的なものに思いを馳せる程度のことしかないわな >>161
だからこそ気楽でええやん
自由に好きなように生きようぜってことやろ >>161
意味値打ちを付けたくてつけてて、むなしくなりたくてなってるだけ
「ああ、俺は何事にも意味と値打ちを付けたがってて、むなしくなりたくてなってんだな」
ってだけ
なんつーか、仏教って無茶苦茶簡単なんだけど、実践が無茶苦茶難しいんよな ソクラテスはあれはあれで満足して死んだんじゃないのかな >>165
ニヒリズムがひっくり返って強さのニヒリズムになったけど
果たしてニーチェが「これでよし」であったかというとそうは思えないな
ニーチェは嫌悪と否定の思想だから 哲学って自分で自分の手首切ってるようなもんだろ
緩やかな自殺してるとしか思えない
そもそも哲学探究する人には哲学必要ないんじゃねえの そういやラッセルっておれたちケンモメンに似てるなw 世間的価値に生きる近代的な普通の民衆を「畜群」と嫌悪して
価値を超越して主体的に価値を生み出す超人を理想とする
んでも、永劫回帰とかの概念では、
永劫回帰は全ての意味や価値が否定された無始無終の世界だから
全てが無限に肯定される、みたいなことも言ってるのね そもそも幸せとは何なのか
それを問うのが哲学なんだが
>>1君は馬鹿なのかな?
「哲学は世の中の役に立たない」「哲学は幸福にならない」
それを問うこと自体が哲学なのに、これだとトートロジーだよ
つまり無意味な問いを立ててるだけだ
ウィトゲンシュタインはだからこそ、「世の中を論理的に解釈したら、
哲学的な問いは全て無意味だよ(語らざるものだよ)」と言った
そしてこれも哲学だ
もちろん、後年ウィトゲンシュタインはこの考え方を改めて「そんな世の中単純じゃないよね(てへぺろ」
と言った訳だが
バカは何を言ってるか分からないと思うから、もっとかみ砕いて言うと、
我々の存在意義、存在根拠、それが何かを探るのが哲学の究極目的である
そして、「そんなものは存在しない。存在したとしても哲学では解明できない」という
立場も哲学的だ
「いやいや全てを科学的に証明できる。或いは科学で証明できていない部分は語るべきではない」
というのも哲学的な立場だ
全てが哲学であり、そして宗教と繋がっている
実践的な話、例えばどうやったら金儲けできるかとか、、どうやったら美女とSEX出来るかってのは
また別の領域の話だろう。そういう実学と呼ぶが。しかし、その実学とやらも結局根底には哲学がある
哲学とは問うこと(懐疑)そのものなのか?
そうだよ、としか言いようがない
今の生活で満足で余計なことを考えたくないなら考えなくたっていい
それも哲学的な立場なのだから
エピクロスを始めとした快楽主義やオプティミズムらがその例だろう >>169
プラトン以降の哲学の否定は確かにしているけども、その後の思想は生を肯定するもの(例えば永劫回帰)でしょ
ニーチェ自身のネガティブさの裏返しとしてポジティブな思想が生まれているわけだから、ニーチェ本人が幸福だったとは限らないけども >>163
そりゃ本気でそう思えればね
心掛けましょうって事ならわかるけど常にそう思っているなんてとても無理だろ在家なら尚更
>>164
でも意味がないと行動できないよね多分何もできない
歯磨きをするように生きるのだって事を多分言いたいんだろうけどさ。欲を滅するにしたって極論を言えば坊さんは餓死しなきゃ嘘だろ >>176
ニーチェも結局社会とは折り合えなかった気がするけど
不幸だったかどうかは分からんが幸福そうにも見えないな 仏教はあれだ虚無主義に繋がるんだよ
人生に何も意味などないってね
どうやったら愛だの慈悲だの幸福だのに繋がるのか >>172
ラッセルは
上級の貴族の家の生まれだったような >>181
うむ
貴族院に議席持ってる家系
やっぱ全然ちがうなw >>177
だーら分かってねーのよ
マインドフルネスを続けるための心づもり=歯磨きのようにの話なんかしてねーわ
だからそこが、簡単だけど、実践が難しいんよ
頭で分かったつもりで一切実践してないからそうなってんの ヴィトゲンシュタインの語りえぬものについては沈黙しなくてはならないって悟りに似てるよね
この世界の事をどれだけ解明して語っても人間の枠内で語ってるに過ぎんから人間の枠内での真実ってだけで意味ないってことだろう >>179
虚無主義は釈迦が修行時代に会った六師外道の時点で否定してるんだが プラトン、アリストテレス〜以降の哲学者いろいろ
↓
ショーペンハウアー、ニーチェ
↓
ブラッドベリ、P・K・ディック
↓
ブレードランナー、マトリックス
「哲学は不要」なんて言ってるバカは映画も楽しめないなw そんな奴はいない
この世は知れば知るほど生きているのが虚しくなるもの ニーチェはワーグナーが血を吐いて死んでワーグナー夫人と再婚して子供が2、3人できたら
「神はいる」とか真顔で言い出しそうなうさん臭さがずっと付きまとってる 妹の方はナチスにニーチェの思想を売って幸せに暮らしたんだわ >>183
いや決め付けはやめて頂きたい。一応瞑想はしてる。
正直たまに瞑想中やふとした時にああ仏教が言ってるのはこういう事かあって実感する時はあるよ。ただ気分によるし結局現実に戻されるって事を言いたい。あと欲がないなら餓死せねばならぬって意見については何かないのか >>188
哲学というのは理論哲学だけじゃない
実践哲学もある 大体この世界の事がおそらく大体わかってそうなヴィトゲンシュタインですら病気だったじゃないか
>>188
の言う通り考えれば考えるほど病気になるという方が納得がいくな。意味とか何も考えず欲にかまけて適当に生きてるのがやっぱ幸福だろ 馬鹿「哲学は役に立たないw哲学者は馬鹿w」
タレス「俺達は賢いから哲学してるし賢いから稼ごうと思ったら稼げるぞ」
現代の哲学者は「親が金持ち」ってケースが多いだろうな 何も考えず生きた方が幸せ
生きる意味だのこの世の真理だのを追求したら人生ぶっ壊れる >>98
こいつ絶対読んだことなくて笑う
卑近な例に落とし込むことでしか理解できない世界の貧しさよ >>196
>何も考えず生きた方が幸せ
映画も観なくっていいか
つまらない一生だな 哲学本気でやりたかったら原文読まないといけないの無理ゲーだよな
ドイツ語とか難しすぎ 逢佛殺佛、逢祖殺祖、逢羅漢殺羅漢、
逢父母殺父母、逢親眷殺親眷、始得解脱、
不與物拘、透脱自在。
「分かった」などと言う思いは
魔境に過ぎない ショーペンハウアーは「生命に植え付けられた生存本能は種の存続の為のもので生命個体の為のものではない」と言って
生存本能と寿命の関係からどう足掻いても達成されることがない「生き続ける」目的の為に生きることに対する悲観に共鳴したせいで
精々寿命までを楽しく?生きようとしか生きる意義を見いだせなくなって消極的に快楽主義を肯定するに至ってる
どうしようもないクソゲーを無理矢理楽しむ為に苦労してる有様が人生に似ている >>58
作家として売れたかったってのが実存的な動機だろうが、そんなの誰にも証明しようがねえよ >>205
本当に残酷だよなあ
来世があるって確定してりゃ生きる意味とやらもあんのに
ま、クソゲーではあるが貴重な体験をしてる事は事実なので壮大な旅行でもしてると思うしかないな ニーチェの思想も所詮は理想論というか願望の一種であって
ハッキリ言えば机上の空論だからな 他者と比較するな自分ができることを楽しめってことだろ
人類が達成できるレベルだってきっと地球脱出さえ無理だし過度な競争はするな
人類全体の幸福度を上げるように生きよう ルバイヤート書いたウマルハイヤームとか?
酒サイコーばっか言ってる しかも売春婦から梅毒移されて死ぬとか言う恥ずかしい死に方
日本でも倫理学者がオンライン授業中にAV観てて
それを学生に流しちゃったりしてたけど
哲学者ってのはモテない性欲を常にもてあましてるのかもねw 幸せを手に入れるんじゃない。幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ。 何かを語れるほどの経験は 人間はできないんだよ 生きてる間には
何にも知らないまま死ぬんだよ 何もできないまんま
だから楽しいかどうかが非常に重要になってくるんじゃん 「このひとを見よ」目次
1.なぜ私はこんなに賢いのか。
2.なぜ私はこんなに利口なのか。
3.なぜ私はこんなに良い本を書くのか。
4.なぜ私は運命なのか。
5.宣戦布告。
6.ハンマーがしゃべる。
最後書いた本の目次こんな感じだから結構脳が幸せな感じだったんじゃないかな。 >1はニーチェのことそもそも勘違いしてる
ニーチェは幸福とか健康とか安楽とかを人生の目的にするのは馬鹿にしていて、
偉大さとか苦しみに耐えることとかを重視していた 現代の最先端の哲学者は何やってんだ?
新しくドヤれる考え方必死に探してんの? そんな哲学なんて考えずにアホ面で生きてる方が幸せに生きられるよ 古代のストア派とかエピクロス派は、哲学の目的を
穏やかな心境という意味での幸福になることとしていた >>223
映画「マトリックス」で
「俺はこっちの世界でいいんだ」と言ってる人間が出てたよね 何度でも言ってやるが哲学はもう不要な学問ジャンル
古典や海外の哲学書の解説役しかしてない日本の哲学教授とかなおさら不要 失恋して次に活かそうと自分自身の人生や思考を深く掘り下げてたら鬱になった 誰だったか忘れたけど、どこかの哲学者が弟子に哲学なんて一部の人間の道楽で良い
一般市民は起きたら飯食って仕事して帰り道に飲み屋で酒でも飲みながら騒いで家に帰って寝れるのが幸せだと思って生きた方が良いって教えたとかいう話が好き 哲学スレがいつも嫌儲では伸びているのを見ると
なんだかんだで哲学が慧眼をもたらしてくれると思ってる奴も多そうだな
意味がないのを確信しているのならわざわざ書き込みに来ないし 哲学は自我
自我がなければどれだけ能力や知能が高くても
家畜と同じ >>222
これ知りたいんよね🤔
可能世界論とか様相論理とか、そういうのが発展してるとかなんやろか?それとも停滞しとるんやろか😞
ググッてもよくわからないんよね😢 ヒモやりながら生まれた以上の屈辱は無い終わりだよこの世界と毒吐きながら80まで生きたシオランが最強 >226
要不要はどうやってわかった?
単純に自分には難しいから、は答えじゃないからな 俺はツァラトゥストラを読んで人生が変わったよ
お前らとは違う 幸せのためというか純粋な知的欲求だろ
そういうものだと言い聞かされてきた事に疑問を持つのは何もおかしくない >>233
教養や趣味や啓蒙としては必要かもしれないけど
学問としてはもはや新しいものを生み出せないから不要だろ 人として生まれたからには「これは幸せなことである」と知ってるだけでも「それはなにゆえ幸せであるんか?🤔」って原因追求してみたくなるもんでない?
そんであーだこーだレスバとかするのが幸せなんよ😌 >>237
知ってるだけでも、じゃなくて知ってるだけじゃなくだった😞 >>236
22:27生み出せないからといって今後も生み出せないとは限らないだろ
画期的なアイディアを持った天才が出るまで学問としての哲学を残す価値はあると思うがね いわく悪妻だったら哲学者になれる、つまり幸せになれなかった人が
哲学者になるわけで、むりむりカタツムリ >>239
実証科学に取って代わられたから原理的に無理
頭の中だけにある独自の考えなんてのはもはや通用しない >>236
そうか?
ニーチェ系譜として
フーコーとかいると思うが
教養として押さえられていれば
学術会議の問題もLGBTの問題も
こんな浅薄にならず
ひいては立憲民主党も
コンボメンも
こんなにバカにされてないと思うがな >>241
それはどうかな
倫理とか政治とか科学では答えを出せない問題もあるだろう 思想としての哲学と人生哲学の区別のついてないバカってたまにいるよね 存在の性質とかの探究はすでに形而上学の哲学者の頭の中から離れて科学にとって変わられても
頭の中の問題、「価値」とか「倫理」とかそういうものは哲学がいまでも扱って取り組む事柄だろう 消極的には哲学的な批判力はないといけない
たとえば、生物の世界が「事実として」弱肉強食だとして(間違いだが)
人間社会はそれにあわせる「べきだ」とういう説が出てきたときに
それちがうやろと突っ込むのは哲学 むしろ科学主義者が科学万能的に頭の中の問題も科学的知見でなんでも解決しようとするのを
哲学者が科学哲学としてその勇み足に枷をはめようとしてる状態 >>244
科学で結論が出せない問題は哲学でも結論が出せないし
哲学者が画期的な解決策を出すことはない
一般人の考えるきっかけになるぐらい 解決策を出すことはない
と今の時点でわかったのはなぜだと突っ込むのが哲学なので >>251
そりゃ最終的な答えは出ないかもしれないけど
よりよい解決法は必要だろ >>252
それはただ他人にツッコミを入れてるだけで何も生み出せてないじゃん >>253
それを考えるのはもはや哲学者じゃない
(哲学的教養を持った)専門家 エッセイとか書いてたオシャレな感じのが幸せだったらしいよ 逆で無駄に考えるな
何も考えないで瞑想しろ
必要になったら考えろ 科学者も所詮人間で
保身のために嘘をつくからな
だから人間という生き物を解体するものが必要 テレビ芸人のベルナール=アンリ・レヴィとか楽しそうだぞ ショウペンハウエルは信者に囲まれて美味い物を食ったり
寄付された邸宅に住んだりして幸せな晩年を送ったのに だってマジでさ、突き詰めると、生きてることに意味はないもんな
自分が死んだところでこの世界はなにも変わらない
生きて何かをしたって1ミリも影響がない
なんで生きてるのかって思うよ、今この状況とくにさ
だってそうだろう、戦争一つ止めることができない、何もできない、無力なんだよ >>261
でもあの人は爺になるまで無名だったんじゃなかったっけ
ヘーゲルに対抗意識むき出しで、同じ時間に講義したらほとんどの学生はヘーゲル聞きに行ったから大学辞めたとか
なかなか笑えるエピソード多い 悩めるソクラテスより、悩まぬ豚でいることだ
真理とは得てして人間に都合良くできていない
我々の生きている世界の真の姿は残酷で狂気的なものだと思うぞ
我々凡人の脳は程々にバカだから気づかず正気を保っていられるが
天才は考え抜いて気がついてしまって狂うのだ🥺 幸せになるために哲学探究ってなんやねん
哲学ってそういうものじゃないから >>264
まあ豚になって条件分岐があまり発生しない(基本的に生まれて食って交尾して死ぬだから)豚生ならば悩むことはないやろけども🤔 >>262
そう言わずに、というか本当にそう思うならむしろプラトン読んでごらんよ
昔のアテネで君みたいな人がソクラテスに路上でいきなり絡まれるわけさ
「君が死んだところで世界が変わらないというのは本当だろうか? 君は世界を変えることに意義を見出しているのかね?
とすると、君よ、生きる事には意味がある事になる」
とかうるさく、しつこくね
その結果自分は何も知らなかったと目覚めて哲学始めるか、なんだあのジジイ、いつか処刑させたるわと思いつつ捨て台詞吐いて去るか、それは君次第だが この世に救いはないというのは2千年以上も前に出された結論
だからこそ人は救いを求めて止まないのである 幸せになる哲学はないよマジで
突き詰めるとこの世界はクソだし生きる意味なんかないし
それが哲学が忌避される原因
哲学なんか辞めて娯楽に興じたほうがよっぽど幸せだ >>262
意味は無いけどもその過程で色んな選択肢が発生する
どれ選ぶ?って感じで進むゲーム程度に考えとけばええんでない?🤔
人生を過大評価しすぎなんよ 考えないのはマルクスの言う宗教のように民衆が服従的になってしまう ある意味トルストイかな
自分の理想どおり、すべての著作権を放棄
それにぶち切れた奥さんから逃げだすも、いまわの際には駆けつけて看病してくれ、さらには支持者たちに囲まれて昇天 自分を騙して楽なのと真実を直視するのとどっちが価値があるのかとか
ノージックというアメリカの哲学者は、「快楽機械」という思考実験を
考案して、カプセルに入って眠ってる状態で「楽しい思いをする」っていう
のを望む人はいないだろう、として後者に軍配をあげた >>275
魯迅も似たようなこと書いとるね
中国の絶望的な状況書いたって、彼らはここから逃れられない。気付かない今は幸せなのに
ただ絶望のうちに死ぬようなことを書く意味があるのか? いや、気付いた者たちはやがてこの状況をどうにかするかもしれないって >>264
この世は知れば知るほど絶望に満ちている
だからこそこの世は面白いんだよ
絶望を楽しめ >>275
現実を直視するのは辛いぞ
ロシアをみてみろ、汚い大人たちが欲望のままに人を街を破壊している
周りをみても金のために生きている亡者ばっかりだ
悲しいほどにこの世界は汚い欲望でできている
そんな現実直視できるはずがない、心が壊れてしまう ニーチェは別に幸せになりたくて哲学してたわけじゃないと思う >>275
リバタリアンのノージックの牛を食べるのを善でじゃあ宇宙人が人間を食べるのは
どうとかネットにいそうな詭弁は面白いよw むしろ最初から、辛いことがなんだ!っていうのがニーチェなんだね >>282
こんなひどいものが人生か、ならむしろおかわりって思想やもんな プラトン主義もキリスト教も啓蒙近代主義も
畜群たる弱者がオナニーとか気休めで言ってること
っていうのがニーチェ 公衆の面前で自慰に耽ったディオゲネスかな
自足と無恥が幸福のために必要と説き、反文化的で自由な生活を実践
日光浴中のディオゲネスにアレクサンドロス大王が「望みはないか」とたずねたところ「そこに立たれると日陰になるのでどいてほしい」と答えた そもそも幸福について語るならベンサムやアリストテレスあたりが出てきてほしい 急に戦争がおっ始まる世界で幸せなんてあるはずがない
それが哲学だ 反キリスト教のニーチェの幸せは天国のためではなく大地で未来の礎になれだから超人になりたくないそのおしまいの人間をくれよと教養があるから馬鹿みたいに命を懸けて物事をやらないし安眠を求めるのが嫌儲だから反ニーチェなんだが アドラーの無敵論法でいいだろ
マイナスは認知しなければマイナスではない これ系の哲学で全て諦めたらオッケーみたいな論あるけど
飯食わなきゃ腹は減るし
勝手に住んでいいところもない世界だから成立しない >>285
もしそうならニーチェほどの愚か者はいないな
キリスト教こそ彼の求めるモノを与えてくれるものだったのに >>282
やせ我慢しても辛いものは辛いんだよね
その意味でもニーチェの思想は文字通り無理があんだよな ポパーが哲学者になったのは、当時ウィーンで流行っていた
アドラーの説が怪しいことが気になったというのがきっかけらしい 日本の武士道でも自分で腹を切れるのが立派で実際実行してしまえるようになるので、
まあ、辛いのは嫌だ、も歴史を通じてそう絶対的なわけでもない 俺はキリスト教ヲタクだからリアルの汚さ辛さを試練ととらえる
これがやせ我慢かと言ったら全くそうではなく心からそう思っている
何故心からそのように信じるかと言えば
説明するのが難しいが
若い頃にいわゆる巫病に掛かってしまい
その克服を通して自分自身が人生全般にわたって大いなる存在に導かれていることを知り
それを知るまでは単なる不幸や苦しみでしかなかったものが
実は自分が成長するための必然だったという事に気づき
その個人的な内的経験を外界の戦争やらなんやらの出来事にも投影できるようになったからだ こう書くとオカルトの様に捉えてしまう人がいるがそうじゃない
心の問題であり人格の成長の話だ 弱者を勤勉にたくましくするのがキリスト教
キリスト教の弱者のほうが偉いと言うルサンチマンによる
価値の転換が気に食わないからそのために同情を無くそうとする
近代ジャップも同情は消えたから影響は大きい 人間には意識と無意識があるが
普通は自分がどれだけ無意識に影響されてるとか気づかないと思う
俺みたいに自分で自分を制御できなくなって社会的な苦難を味わわないと
その巨大な影響力に気づくことは難しいと思う
だから俺の書くことは頭では何となく理解できるかもしれないが
実感として腑に落ちるのは難しいだろう
でもそういうものなんだ
宗教が理解しがたい理由だね >>300
弱者の方が偉いとかそういうのはないんだ
むしろ自分のことを偉いと思うような傲慢は救いの妨げになる
おそらくキリスト教以外の宗教でもそうだろう
宗教において傲慢は物凄い毒なんだわ 教科書的な知識だけど、ニーチェがキリスト教を批判したのは
強いものを引き釣り落とすルサンチマンが主動因と見たからだな
生の躍動を阻害する装置であると 人間には意識と無意識があるが
哲学の弱点はここなんだよな
自分の無意識と対話しないと救済と言うか幸せにはなれない
しかし無意識は理屈で語れるものではない
個人的にはユングが非常に参考になったけど
ユングの理論が学問かと言われたら弱い部分があるしな >>302
ニーチェの野望だから気にしないで
キリスト教は金持ちが神の国に入るよりも
らくだが針の穴を通る方がまだ易しいで
イエスは上級を批判して障害や病気の人に目をかけ
上級に殺されたから弱者が偉いではなく強者は調子に乗るなだな >>306
もうこういうのは理屈じゃないんだよな
俺の場合は自分で自分の自我を十字架に架けて滅するイメージだったのが
ある時なんだか間違ってる気になって
そうこうしているうちに何日かしていきなり
十字架に架かっているキリストを俺が槍で突きさしてるイメージが出てきて
その瞬間にああ俺は傲慢だった俺はアンチキリストだった
と言うより人は本質的にアンチキリストなんだ
これを原罪と言うんだ
と言う感じで一瞬で全部繋がる感じで
一々思考を積み重ねて詰めていく感じの理解じゃないんだよな で、キリストを槍で突き刺すイメージからしばらくして(前後関係があやふやでもしかしたら前だったかもしれんが)
自分の半生に対する意味がいきなり切り替わった
つまりただ精神的に地獄に堕ちて苦しむだけの悲惨で無意味な人生だったのが
その苦しみ一つ一つが自分が救いに至る為の必然だったんだと気付き
そしてそれは全て自分自身の心、無意識がその場その場の瞬間的場当たり的に働いていたのではなく
人格の成長と言う一貫した目的に沿って引き起こしてきたことなんだと分った(腑に落ちた)
ユングの言う老賢者を知識としては知っていたけど
この時ようやくその意味を理解したよ こんな感じで俺は内的経験によって苦しみや困難を試練、
つまり成長や救いの為の必然と捉えるようになった
つまり人生を全肯定できるようになった
哲学スレなのに宗教の話をして申し訳ないが
こんな感じで幸せになるという事もあるという事で書きましたすまんこ 禅で言ったら魔境に入った段階だな
オウムが麻原信奉したのもそういう感覚を与えられたからだろう
運よく勘違いしたまま一生を終えられれば幸せではある
結局自分をいかに騙すかというのが幸せの共通技法なのかもしれない 因みに言うと老賢者から自己(ゼルプスト)までイメージがいかないといけない
老賢者のままだと確かに魔境だね 自己(ゼルプスト)− 心全体の中心であり、心の発達や変容作用の根源的な原点となる元型。
宗教的には「神の刻印」とも見做される。
↑
この自己が聖霊なんよな
心の発達や変容作用の根源的な原点として仮定される中心のことだが
キリスト教は三位一体なのが良いとことよな
宇宙全体の発達や変容の根源的な原点として仮定される中心を神として
ここに内的な神たる聖霊と外的な神たる神が結びつく >>312
残念ながらニーチェはそれこそ外道だよ
実際狂っちゃったし あとキリストがなぜ三位一体で神や聖霊と結び付くか私見を書いてええか?
迷惑だったらスレチだしやめるけど まああれだよ
宗教的な観点から言っても
幸せを感じられないのは結局は心の問題考え方の問題ってことよな 人生って深く考えると幸福からは遠ざかることの方が多い
知恵の実食わなけりゃアダムとイブはエデンで無知ではあっても幸せでいられたんだ >>1
ニーチェは人類の幸せの為に考えた、が自身の幸せは考えてない >>317
是非続きを書いてください
あと十字架の聖ヨハネについてはどう思いますか 哲学は無駄
社会を何も変えられなかった
ただ考えるだけの無能ども
黒人の暴動のほうが社会を変える力がある ニーチェは女買って脳梅毒でああなったんじゃないんかね?
思想で狂ったというよりそっちかな? >>321
とインターネットに書き込めるのも
古代から哲学者たちがいろんなことを
考えたおかげなんだよなぁ 虚無の果てに超人を目指すのか
色即是空の後に空即是色がおるのか
多分おんなじようなこと言ってるよな >哲学は無駄
>社会を何も変えられなかった
アリストテレス→ヘーゲル→マルクス
20世紀は世界の半分近くが影響受けてたわけで
19世紀にも、共産党とは別路線の社会主義者もいて
今日の福祉政策のベースになってものを作ったり 「この人を見よ」を書いてるうちに頭おかしくなって、そのあとはずっと精神病院に入れられてたそうであるね。 上の方でも「ナチスに影響を与えた」と
書いてる人がいるけど
現在ではこれは妹のせいだとかなり判明してる
「反時代的考察」の「教育者としてのショーペンハウアー」とかは
要するに
「大学がなんだ、教育制度がなんだ? 国家が何だ?
そんなことより一人の哲学者が出て来ることの方が価値がある!
(暗に自分のことかもw)」
みたいな趣旨だったと記憶してるけど
ネトウヨ的国家主義とは対極な価値観だと思うが >>275
メタバースとヤクって実質快楽機械だよな >>323
結果論だな
そいつらがいなくても、人類はそれなりに適応してただろうよ >>328
いちいち昔の哲学者に恩を感じる必要もなかろう そもそも哲学者は哲学者ではない
哲学の探求それ自体が目的になると無限ループになるからな >>335
恩義、ってほどではないけどなぁ
映画観るの好きなんだけど
映画を観たり、映画語りを聴いたり、ってのは
想像を自由にめぐらすことができるから楽しいのでね
上に書いたけど、古代からの哲学者の影響は綿々と続いているし >上に書いたけど、古代からの哲学者の影響は綿々と続いているし
哲学はあらゆる物事の原因、成り立ちを探究する学問のベースだからな。 >>336
中島義道も似たようなことを言ってるね。中島義道には昔はまったけど、彼の語る哲学像にばかり拘るのも偏って良くない気もしている。
ごまかさず「問い」を生きる 中島義道
https://web.archive.org/web/20081120201106/http://www.ittsy.net/academy/instructor/yoshimichi2_1.htm
「どうせ死んでしまうのだから、何をしても虚しい!」「人生はすべて偶然に左右される!」「何が正しいのかわからない!」「生きる理由がわからない!」と呟いているきみへ。
きみの呟きは恐ろしく正しい。人類が地上に出現して以来、われわれはこう問い続けてきたし、しかも誰も最終的な答えを見いだせなかった。
きみが二十代の若者であるとしよう。よく知っているだろう?世の大人たちは、一致団結してきみからこの問いを奪おうと企んでいる。
「そんなこと考えたって仕方ないじゃないか」「もっと前向きのことをしろよ」というように。あるいは、「よく考えてごらん、生きる理由はあるはずだよ。
きみはよく考えないから、そんなことを言っているんだ」「どうせ死んでしまうからこそ、一瞬一瞬を大事に生きるべきではないかなあ」というように。
あるいは「その前に、おまえいったい努力したのか」「ずいぶん結構な身分だよなあ。誰がおまえを養っているんだ?」というように、あるいは・・・。
なぜ、大人たちはこうもこういう「正しい」問いを嫌うのであろうか。躍起になって潰そうとするのであろうか。
なぜなら、自分たちにとっても、本当は「気になる」問いだからであり、その問いにからめ取られている奴がまわりにいると目障りだからである。
生きるとは、こうした問いをグイと腹の底に沈めてしまうことだ、と確信した男女がきみの周囲にうじゃうじゃいる。彼らは有用な問いなら受け付けてくれる。
年金問題をどうすべきか。だが、どんなに年金を受けても、死んでしまうのだ。その後、宇宙の終焉まできみは死に続けるのだ。
生きるチャンスは(たぶん)もうないのである。これは、年金問題より何千倍も重要な問いではなかろうか。
少子化で日本の人口は今後減り続けるという。だが、日本が滅亡するより、きみ自身が滅亡するほうが何万倍も切実なことではないのか。
きみが、本当にごまかしなく問い続けるなら、「その問いを生きる」という一つの回答がきみの前に開けてくる。すなわち哲学者になることである。
哲学者とは、哲学研究者のことではない。両者が重なることはあるが、一応別であり、大学で哲学を教えている教授が、自分の問いを生きていないことは稀ではない。
逆に、一片の哲学的知識も持たずに、すでに哲学的に生きている人もいる。それを判定する方法を教えよう。
もしきみが、いまの困難な状況を脱して、この世の幸福を手に入れたら、先の問いを放棄してしまう(しまえる)なら、きみは哲学者ではない。
これに対して、この世で何が与えられようとも「その問いを生きる」なら、きみは哲学者である。
哲学者とは、たとえこの世のすべての価値が与えられても、「どうせ死んでしまう、しかも何もかもわからないままに」ということに深く落胆し、
その限り何が与えられても虚しいと思うような、大層要求の高い人種だからである。
たかがローマ皇帝になったくらいでは、シェークスピアになったくらいでは、ロスチャイルドになったくらいでは、満足しないのだ。
もうじき死んでしまうこと、その後、(たぶん)二度と生まれてこないこと、しかも、ほとんど何も知らずに死ななければならないこと、その後、
宇宙には人類について何の記憶も残らないこと、それでも宇宙はいつまでもいつまでも存続するだろうこと・・・この枠組みの「うちで」何が与えられようと虚しいのだ。
もしきみが、同じような感受性を持っているのなら、哲学をしたらいいと思う。だが、この枠組みの「うちで」幸福になりたい気持ちがわずかにでもあるなら、哲学はしないほうがいい。
哲学は幸福を諦めるところから開始される。あの(『旧約聖書』のヨブ記の主人公の)ヨブのように、まわりの人々が何と言おうと、
「神(ここでは抽象的にとらえてもらいたい)に向かって」直接問いかけるところから開始される。
あらゆる幸福が―ヨブのように―きみから飛び去っていっても、きみが問い続けるのなら、親が反対しようと、乞食になろうと、狂気に陥ろうと、哲学をするがいい。
ということは、もしそうでなければ、きみは幸福を求めるべきであって、哲学をしないほうがいいということだ。
そして、普通の大人になり、「どうせ死んでしまうのだから、何をしても虚しい」という若者のうめき声を、ありとあらゆる仕方で潰しつけるがいい。
それが、きみにぴったりした生き方なのだから。 >哲学者とは、たとえこの世のすべての価値が与えられても、「どうせ死んでしまう、しかも何もかもわからないままに」ということに深く落胆し、
>その限り何が与えられても虚しいと思うような、大層要求の高い人種だからである。
>たかがローマ皇帝になったくらいでは、シェークスピアになったくらいでは、ロスチャイルドになったくらいでは、満足しないのだ。
>もうじき死んでしまうこと、その後、(たぶん)二度と生まれてこないこと、しかも、ほとんど何も知らずに死ななければならないこと、その後、
>宇宙には人類について何の記憶も残らないこと、それでも宇宙はいつまでもいつまでも存続するだろうこと・・・この枠組みの「うちで」何が与えられようと虚しいのだ。
このくだりは、ルサンチマンと紙一重のように思えなくもないんだよな。 ニーチェは多分傲慢を克服出来ていないし老賢者にも出会えていないよ
何故なら超人とか言う強者に自力でなるべきとか言っとるわけだからな
老賢者或いは神=聖霊あるいは仏
そういった内なる存在に導かれたのならそうなるわけがない
つまり無意識まで含めた自分の全能力をもって打ち建てた思想ではなく
あくまで自我、理性という限定的な知的能力で無理やり理屈をつけたって感じなのよな 理屈っぽい奴は幸福になど辿り着けない
幸福でない理屈なんて、いくらでも作れるから 結局メンタルつぅてもフィジカルの一部なんだから
身体を健康にするしかないんだは
腸が人間の本体ってのはあながち間違ってないと思う
腸の健康が強いメンタルを作るだ とは言うものの決してニーチェは嫌いじゃない
参考になる部分は沢山ある
それでも彼が最終的に狂って幸せになれなかった事実を無視したらいけないんだよな 自分の書いた本もまったく売れなくてコンプこじらせた人でもあるんだよな
死んでから評価され始めたけどごめんだよなこんなの >>344
書いていいの?
結論から書くと個人的な勝手な造語で申し訳ないが
キリストは預言者ならぬ預存在とでも言うべき存在の故に神と繋がる
と言うのは自分の内面の変遷を見返してみるに
俺はキリストの人生の物語を内面で全く追体験したからだね
俺は当時の信者のようにキリストに魅了され
(内面において)キリストの起こす奇跡に目から鱗をポロポロ落とされ
しかし愚かにも自分こそキリストの理解者であると誤解し傲慢になり
まるでキリストを官憲に売った弟子たちのように俺はキリストを裏切り
それどころかキリストを十字架に架けて自らの手で槍で刺し貫いていた…
それでもキリストは俺の中で復活し(内面において)彼と出会った俺は
復活を目の当たりにした当時の弟子たちの様に悔い改めて救済を得た
という感じでキリストの人生の物語を内面で追体験したわけだが
(長いので続く) 預言は成就されなければならない
つまりキリストと言う神が遣わした預存在による(また造語だが)預物語は成就されなければならない
では本当に預言は成就するのだろうか
答えはイエス(キリストだけにw)
俺の中でキリストの物語が繰り返され
確かに救済がなされたのですから
上で老賢者とか言うユングの用語を使ったけど
キリスト教信者的に言ったらあれはキリストのイメージなんですね
この様にキリストはまさに預存在であるがゆえに
神や聖霊と繋がるわけよな 〇この様にキリストはまさに成就されるべき預存在であるがゆえに 宇宙全体の発達や変容の根源的な原点として仮定される中心の働きとしてキリストは存在し
ゼルプストによってもたらされる心の発達や変容作用はまさに
キリストの人生の物語をキリスト者の内面においてまんまなぞるわけですからね
故にキリスト者(というか俺)の中において三位一体が強固に成り立ったわけです つかあくまでも私見にすぎないからな
鵜呑みにするなよ あと十字架のヨハネについてどう思うかだけど
最初らへんに書いたように俺は巫病からの信仰による回復を経験しているので
魂の暗夜として説明される自我の崩壊からの再生については共感するわ
ただ神との一体化を目的とするみたいなのは正直ピンと来ないですね
個人的には俺の意識、自我はどこまで行っても原罪を背負ったキリストに許されるしかない存在であって
神と一体になろうなんてぶっちゃけとてもおこがましい事の様に感じてしまうけど
だからと言って聖ヨハネが間違っていると言いたいわけではなく
単に俺の信仰がまだ浅いから分からないのだと思います 俺らが無反省に幸福を求めても良い理由をかわりに考えてくれてるんやで。 哲学をやる人はやっぱり時間とか空間とか同一性とかこの宇宙がある事とかに
人生のどこかで衝撃を受けその不思議に生涯魅せられた人達ではないやろうか? ここは思考停止した在日韓国人による仏法が魔に勝つためのスレです
気をつけて使いましょう >>1
他の哲学者が幸せになるために哲学してるんじゃないんだから
その質問は哲学者にとってフェアじゃないじゃん >>31
仏教もキリスト教も根底にあるのは自己犠牲です
現世利益追求のカルトは対立煽りが好きですが
自己犠牲の基本はできてますか? 創価のキリスト教VS禅仏教の対立煽りに
巻き込まれて自殺した研究者いたよなあ
キリスト教との架け橋となった鈴木大拙も知らずに
創価の研究室から博士号をもらえて
創価学会員の教授のことを聞くようなバカがいるのは爆笑ものなのですがwwwwww
仏教・キリスト教・ユダヤ教の目指したビートニクでヒップスターな美学は
ミニマルで美しく、日常に溶け込むデザインとなって
Apple社の美学の一部になっています
創価はAppleよりえらくないしお疲れ様でした
もういりません >>31
創価のキリスト教VS禅仏教の対立煽りに
巻き込まれて自殺した研究者いたよなあ
キリスト教との架け橋となった鈴木大拙も知らずに
創価の研究室から博士号をもらえて
創価学会員の教授のことを聞くようなバカがいるのは爆笑ものなのですがwwwwww
仏教・キリスト教・ユダヤ教の目指したビートニクでヒップスターな美学は
ミニマルで美しく、日常に溶け込むデザインとなって
Apple社の美学の一部になっています
創価はAppleよりえらくないしお疲れ様でした
もういりません 人間は何故死ぬのかを考え過ぎて心療内科に通ってる、悩んでる理由が不老不死になりたいって先生に言ったら爆笑された 幸福は主観だから
客観的でなければ駄目だと思ってる奴は全員哲学者と同じ失敗をしている そもそもニーチェは幸せになるために哲学をやっていたわけではないが 幸福なんて段階の欲求で生存や安全を脅かされた状態ならその状態の解消こそが幸福で
時と場合によって変わるもの
むしろ世間に幸福のイメージを植え付けさせられて
それを目指して主体的でない哀れさを認識しては ニーチェは無能過ぎて理想に押し潰された
強過ぎる思想はそれに匹敵する器じゃないと持たないことを証明した >>368
このスレに君を笑う奴はいないよ
俺だって笑わない
君と同じように悩んでいたから ニーチェは、苦しみがなくて楽みたいなの状態を希望するのは下賤だから
貴族とか金髪の野獣みたいに高貴さや強大さを目指すことを説いた 本人は自殺で生涯を終えたドゥルーズが著作として、ニーチェを取り上げていたが
イギリス経験論の大物であるヒュームも取り上げていた
印象がぜんぜん違うが破壊という意味では意外と同じ線上にいたということだろう
このヒュームは、ややお金に困っていたことを除くと結構快活な人生を送った
ただし、哲学をやった結果でもないかもしれない 急逝したけどヘーゲルは幸福な晩年だった
あと、ニーチェの発狂の原因は哲学でなく、脳性梅毒だよ >>34
何冊か読んだけど思想が気持ち悪かったから最後まで読めなかった
俗物であるというお前が俗物だ
みたいな
ただの理屈やんって 魂の暗夜をくぐるとき
人はいのちを見失う
霊性の働きを肉の欲望と混同し
神の愛を悪魔のはかりごととしか捉えられない
絶望の暗闇
しかしそこに神はいる
例え見えなくとも
例え聞こえなくとも
やがて奇跡は訪れる
ああ驚くべきかな
神はまさに私の為に私を地獄に叩き落し
神はまさに私の為に私の元へサタンを遣わしたのであった ただただ欲望を満たすことを幸福と定義するなら、それは予め詰んでいる
やっぱ全体的に意味がある感じがするっていうのが有望 >>380
アウグスティヌスは自身の内奥(それすら超えたところ)で神に出会ったと書いていましたがあなたの体験もそうしたものだったのですか >>383
多分違いますね
俺はそんなおこがましい特別なことみたいな感じで書いてるつもりはないです
あくまでも心の働きの結果として解釈できるよねみたいな感じに過ぎません
そもそも俺は神に出会ったことなんかありません
でも神が自分の中にいることは分かります
そう、「分かる」という感じが近いかもしれません
ばらばらのジグソーパズルがあって、
こんなんどーしたらいいんだよーと泣いてる子供がかつての俺で
それでもあきらめずに頑張ってたらなんかいつの間にかパズルが組み上がって
ちゃんと1枚の絵になったみたいな感じというか
自分の中でキリスト教的な世界観が組み上がっちゃったんでしょうね ツァラトゥストラには、我々は幸福を発見した、といってパチパチまばたきする末人が出てきたよねw 「昔の世の中は狂っていた」
・・・ と、この洗練されたおしまいの人たちは言い、目をまばたかせる。
彼らは賢く、世の中に起きる物事をなんでも知っている。
そして、何もかもが彼らの嘲笑の種となる。
ケンモメン=末人であるねw >>385
それがニーチェの限界だったんじゃないですかね
彼は結局自我=自分と言う枠組みから脱却できなかったのでしょう >>387
末人というのは現代人一般の話で、ニーチェ本人の自我の話ではないよw 風が吹けば枝葉は揺れる
風が吹かなければ枝葉は揺れない
当たり前のことですね
この当たり前のことがニーチェは分からなかった
信仰も必要だから信仰するのであって
信仰が必要ではない人が信仰しないのは当たり前なのです
高潔でなければならないから高潔であらんとするのであって
高潔である必要が無ければ高潔である必要などないのです >>384
なるほど
「分かる」体験の後で信仰が揺らいだりしたことは一度もないのですか
キリスト教の特定の宗派に属したりはしていますか
質問ばかりですいません みんな糖質おつかれ
君らはただの凡夫だから安心して >>388
風に吹かれて揺れる枝葉が風に吹かれず揺れない枝葉を見下す
愚かなことですよ >>394
賢くて世の中のことはなんでも知っている君はたぶん末人なのであろうw >>392
有難いことに今のところ信仰が揺らいだことはないですね
あと宗派には属してないただの野良ですね
ここは5chだってことを思い出してくださいw >>395
まあ自分でも突き抜けてるとは思うわ正直 仏教の影響がやっと出てきたドイツ哲学時代にもどって
対立煽りとか卑怯だよ
そうかほも >>367
これでパソコンがタコ規制🐙
臨時板にいる宗教板の連中が言うには
そうかほも煽ると付くんだって そうかほもの
やってることは
プーチンだよね?
戦争反対!! BBR-1からの
ERROR: あなたはこのスレッドにはもう書けません。🐙
っていうエラー
ERROR: あなたはこのスレッドにはもう書けません。🐙
が別の板にも適用されるんだよ?
そうか批判しただけで!やつら卑怯でしょ?
自分達が究極の哲学だと思ってるんだって!
バカのくせに そうかは哲学でも宗教でも思想でもない
ゴーストライターによる
キチゲェワードサラダ まぁ真理はなく解釈だけとする矛盾の哲学がニーチェなんだし、そこがおもしろいところなんだけどな。 そうかほもめ
臨時板にキャッシュを消せば
タコさんマークは消えると書いてあったぞ
ふはははは 善悪の彼岸から
対立煽りそうかほもを
ぶっ叩くんだよ しゅうだんすとーかーに
おびえるような
善人はそうかほもの
おもちゃになるから
彼岸からぶっ叩けということだ あほ「神は死んだ(キリッ」
俺「すでにキリストは死んでるが」 >>404
ニーチェいいよね
学ぶべきことが沢山ある
消極的ニヒリズムから積極的ニヒリズムへの転換とか
あれはニーチェ自身の体験から来たものだったと思う 彼岸から
そうかほもを
ぶったたけ
たたけたたけたたけ
ぼこぼこに ヒトラーがニーチェに惹かれた理由は
なんだろうね
やっぱり
善悪の彼岸から
ぼこぼこにしたい
なにかをみつけたんだよ ニーチェが求めた強者
しかし強者が必然的にもつ弱点に気づいていない
強者の必然的没落をしらない
強者が強者のままでいれば精神を失う
それが永遠回帰
同じことのループに耐えられるように精神はできていない
発狂するのも必然だね >>416
ユダヤがまた奴隷になるだけ
何度も何度も 自我は耐えられないんだよな
自己なら耐えられるけど
自己でなすべきを自我でなさんとしたところに無理があった >>396
とても勉強になりました
ありがとうございます ニーチェ(周囲とソリが合わない 自分のことを特別だと思ってる 女叩きしまくる そのくせ素人童貞)←ケンモメン? >>421
彼岸についたら
問答でもすればいいんだけど
それでも
そうかほもは
ぼこぼこだよ そうかほもは
勝負とか
善悪の話をしたら
男女
都合がわるいから
キリスト教と仏教の二元論を創ろうとしてるけど
なんで二元なのさ
他にも宗教はあるし
地球の全く裏側で同時発生したわけでもないのに >>424
訂正)
そうかほもは
勝負とか
男女とか
善悪の
都合がわるいから
キリスト教と仏教の二元論を創ろうとしてるけど
なんで二元なのさ
他にも宗教はあるし
地球の全く裏側で同時発生したわけでもないのに そうかほもは
勝負とか
男女とか
善悪の
都合がわるいから
キリスト教と仏教の二元論を創ろうとしてるけど
なんで二元なのさ
他にも宗教はあるし
地球の全く裏側で同時発生したわけでもないのに 日本とアメリカとか
仏教とキリスト教とか
ぜんぜん二元論じゃないものを二元だと言い張って
ちんことまんこの話ができない
そうかほもは
死にます そうかほもは
二元論とは何なのか
ってそこから考えたほうがいいよ
わかってないから 哲学の言説的に
二元論ではないもの
日本とアメリカ
仏教とキリスト教
創価信者と仏敵
これらは対立煽りであって二元論じゃない
二元論を理解できないで対立煽りばかりしてるやつらと
ニーチェの話なんかできない
西洋思想の当時の二元論は
強者と弱者
肉体と精神
善と悪 そうかほもがいたら哲学なんかできないから
そうかほもにしんでほしい そうかほもは
西洋思想の枠組みで二元論を語れないのなら
(善悪・心体・社会的強者と弱者に加えてプラトンの饗宴男女なんかもアリ)
黙ってろよとおもうね
キリスト教から見たら
ユダヤ教とその他を信仰する悪魔
ユダヤ教の悪魔がそのままキリスト教になったもの
キリスト(ユダヤ人)をいじめたユダヤ人
ってめちゃくちゃ難解になってきて
神と悪魔も二元論じゃないから
本当に創価は男にも女にもなれないホモなんだなって思う 神は悪もまた差別せず愛するからこそ
時に人間から見たら悪い手段を使ってでも人を導くわけだが
導かれる当人が二元的で悪の否定に凝り固まる限り
自分の身に起こることはただの不幸であって
それが素晴らしい導きであるということが見えないんだよな
結局はキリスト教においても一元的な感覚が必要なんだよね >>432
ヨブ記の謎だよ
べついい人だからよいことが起こるという
わけでもないんだよ かみさまが
サタンにヨブを自慢したせいで
ヨブはひどい目にあったのを
善悪二元論で説明できる?
つまり
ちょっとヒップで禅な視点は
ユダヤ人の聖書、旧聖書が書かれた時点で
持っておくべきなんだよ 神が生贄を求めたり
サタンと賭け事をはじめた時点で
えーっ?みたいに
思ってもいいわけよ
でもアスぺの神学者や哲学者は
それを許してこなかったんだけど
日曜学校の子供とかは
わりと
えーっ?って思ってるよ 神様は
サタンと賭け事するし
キリストをいじめるし
人間に子供を生贄に出せとかいうけど
それを
ちょっとサイコパスでイケてんね、って言うのが
もうすでにアイロニーなんだよ >>433
あれが信仰なんですよ
神は神が思うようにするだけであって
別に神が人間の都合に合わせる必要なんかまったくないわけですね
しかしそのことを不満に思ったところで所詮人間
人間は神の思った通りになるしかない
つまり運命を受け入れず神に逆らう限り
彼が不満から解放されることはないすなわち不幸なんですね
信仰者は神が神であるゆえに神を信仰するのです キリストをいじめたのは
ユダヤ人だけど
神さまは
キリストが死ぬまで見てたから
けど復活するところがLOLなんだよ ヨブのことも
キリストのことも
ドッキリ大成功だもんね神様 大事なのは預言の成就ね
この場合の預言の成就とは
(ヨブの様に)本当の信仰にたどりつくこと
キリストによって救済を受ける事 失楽園と独身の賜物をセットに考えても
ドッキリ大成功だね >>422
そう?それじゃーNGに放り込むなりなんなり勝手にしてくれw 男女なんてまさに二元性の象徴であって
アダムとイブが楽園にいて別れる以前の完全な魂に至る為には
二元性を解消しないといかんのだよな 神様が天国の門で
「ドッキリ大成功」って紙持って待ってたら
どうしようね ニーチェは反ユダヤ主義とまではいえなかったが、ニーチェの妹は反ユダヤ主義で、妹がニーチェの遺稿を整理して出した「権力への意志」がナチスの反ユダヤ主義に影響与えたという説があるねw ユング的に言えば
男だったら内なるアニマを外部に投影して女を好きになるわけだが
アニマには段階があって、その最高位たる智慧のアニマはまさに女神のイメージだ
つまりそんな女は現実には存在しないから結婚できないw
その意味でまさに独身は神からのたまものである
彼のアニマは智慧のアニマまで至ったという事なのだから
ただし独身と言っても色々あるから独身が全部良いという事じゃないのは言うまでもないw ザロメとかいうユダヤ人女性が
ビッチだったから
ニーチェはユダヤ人が嫌いになって
それがヒトラーになんとなく伝わったのかも 神が死んだって
好きな女が非処女だった程度の意味しかないかも
独身者カントに比べて
安っぽい哲学
かといって現代ポストモダンほど
ヒップなわけでもない 神学する権利すらないもん
ちんぽで考えるやつは
でも一度ちんぽで考えちゃったら
終わりじゃん カントやデカルトみたいな
神学みたいな哲学が終わったのは
ユダヤ人のビッチが
学術会のサークルクラッシャーをするからって
ことでいいのかな >>445
それも社会的建前じゃない?
ザロメってユダヤ人の女くそだよ >>455
完璧じゃん
まさにそんな感じじゃねーかな >>16
金持ちが精神的敗北しているのなら精神的勝利こそ勝利といえるのでは ゲシュタポが
ユダヤ学閥のザロメの持っていた本のコレクションを荒らしたみたいだね
これこそがニーチェからのラブレターだと思うね
https://en.wikipedia.org/wiki/Lou_Andreas-Salom%C3%A9
A few days before her death, the Gestapo confiscated her library (according to other sources it was an SA group who destroyed the library shortly after her death). The reasons given for this confiscation were that she had been a colleague of Sigmund Freud's, had practised "a Jewish science", and owned many books by Jewish authors. 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ
と言うぐらいだから怖かったのかな
いずれにせよ深淵からのまなざしや働きかけをニーチェはシャットアウトしちまったんだ >>460
無意識ってなに?
フロイトの夢分析みたいなの? イスラエルがパレスチナにやった行為は
ナチスがユダヤ人に行った行為と同じなので
浅田彰は20世紀最大スキャンダルと言ったけど >>464
そーだよ
意識は氷山の一角
海面下にはずっと巨大な氷が隠れているってやつ まーでも、最後の方の「アンチクリスト」とか「この人を見よ」とかあたりになると、ユダヤ人キリストに対する否定的な見方がユダヤ人否定へと繋がる契機が感知されたりするねw ザロメは
古い神学哲学の否定してるニーチェより
男根のメタファーがどうのこうの派閥のほうが
よかったんだから
仕方ないね ザロメとかいう女はあざといよ
フロイトとつるんでいれば
おちんちんと
世界と
言葉と
どれが好きか
周りの男が
気になって気になって仕方ないもんね >>457
ルー・ザロメってユダヤ人なの?ユダヤ人女性に振られたのは、ニーチェの哲学にも影響ありそう。 ニーチェは女にフラれたせいで気が狂った可能性もありそう。 悩んで学んで失望して希望を見出しての繰り返しの末に死に至ることの幸せさよ >>471
ザロメはユダヤ系ロシア人の
文系学術会サークルの姫だよ
詩人と付き合ったり
オペラの題材にもなってるから
文化人サークルの姫でもあるのかな 一般論として人気者に振られるときは
辛いっていうね そういえばニーチェは女嫌いの哲学者だったよねw
「善悪の彼岸」では女性についてわざわざ一章割いてるが、フェミニストではないねw どちらかといえば今のインセルに近いのかもw >>473
人生は食べてウンコを出し入れしての繰り返しだしな >>474
ユダヤ系ロシア人か〜ゼレンスキーもそうだなそういえば。 真面目な話女嫌いってヤバいからな
自分の中にある女性性の否定であって
自分で自分の能力を制限してるのに等しい 男らしい女ならこっちから逃げ出す、女らしい女なら向こうから逃げ出す。 幸せな奴が哲学なんてやる訳ないだろ
悩みがあるから考えるわけで ニーチェは結婚している哲学者などというものはありえない!などとも言ってたねw 森元総理とか典型的
女見下してるから自分の中の女性的な能力足る感覚が育っておらず
空気読メンで失言繰り返したりする >>480
ユダヤ系ソビエト人でウクライナ人?
ゼレンスキーって努力でウクライナ語を
習得したっていうけど
そんなものなのかな
ウクライナ人のアイデンティティって >>484
カントにもなれないし
フロイトにもなれないから
辛い立ち位置だな >>486
ウクライナ語とロシア語ってかなり似てるんじゃないの?しらんけど。 >>484
それは独身が神のたまもの的な発言と言うよりは
森元さんパターンの発言だろうな
自分の理性に自信を持つがゆえに感覚的な生き物の女を見下してたんだろうナチュラルに 女嫌いのための哲学、それがニーチェならば、ニーチェの哲学はケンモメンのための哲学であるともいえようw ザロメみたいな姫をつくらないために
ナチスのような体制が必要だったというのは
いかにもちんこが言いそうだけど
聞いたことないね ではおまえらが追求する幸せって何
金と女か? それを得たらどうなるか? 次にどこにいくのか?
子供や家庭か? 子孫繁栄がゴールか?
何を得たら幸せになるのか? 世の中の理を見切ったら幸せか?
物理現象や社会現象を見通したら幸せか? では
幸せになったら なんだというのか? 長き旅の結果 求めるものが手に入りました
それで? それで何がどうだというのか?
幸せとは何か? 何がどうなる事なのか? 疑問がなくなる事なのか? 女性が
たくさんの個性を持った男性と付き合い
男性の持っている「世界」を品定めするような世界が
耐えられないというところで
アドルフ・ヒトラーくんに好かれちゃったかもね >>492
とりあえず今ウンコ我慢してるから思う存分ウンコひり出す幸せを味わいたい 仮に何でも願いが叶うとしたら 何を願うのか?
何でもそしていくらでも願っていいものとする
金か女か? 疑問に対する答えか? すべての疑問が解決したら
幸福か? 欲望を満たしたら幸福か? 何がどうなったら幸福か?
幸福を得たら 幸福か? >>205
人生はどうしようもないクソゲーっていうけど
じゃあ自由にデザインしていいとしたら 人生を最高のゲームにするとしたら
何がどうなったら最高のゲームになるといえるのか 金か女か
幸福が手に入ったら幸福かw >>490
質ガイジとかどうしてるんだろうね
まあまあ読書家のIkh とか話したりさw 真面目に言うと俺は信仰こそが幸せ
どこまでも神の御心に沿うように
何処までも運命を肯定できるように >>489
プラトンもカントもスピノザもショーペンハウアーもみーんな結婚してない!とニーチェは「善悪の彼岸」で書いたものであったねw
それで結婚した哲学者ソクラテスへの批判を書いたりしたねニーチェは。 >>215
それってクソゲーで満足する事が幸福だってわけよね
クソゲーっていうのはいい表現だと思う
人生はクソゲー でも最高のゲームなんて存在し得るのか
現実的問題じゃなくて妄想の産物としてでも ないのではないのか
クソゲーで満足しておくのが幸福という事なのか >>499
それが現実逃避で
実際には彼の時代の
詩人・音楽家・作家・心理学者・歴史学者に
マウント取られっぱなしだったってことだね
やつらには最初から神なんかいたか
怪しいし ニーチェ「善悪の彼岸」冒頭で、真理を女にたとえたものであったねw クソゲーで満足するか
クソゲーをどうにか攻略するか
まあこの二択しかないものな結局
だけどどう考えても自由に思い描いた最高のゲームのはずの妄想が
それでも最高に思えないつまり最高のゲームなどないのか
それとも俺の発想が貧困なだけなのか
クソゲーに我慢してちょっと頑張ってそこそこの達成を得て
満足するのが人生であり幸福なのか
この結論に不満を感じるのはただの贅沢なのか 哲学がオワコンで
自分の男としての価値もオワコンで
女王蜂と交尾が
できませんでしたって書けばいいのにwって思うけど
プライドを保ったところが
非モテ貧乏ドイツ人にウケたんだろうな まあハッキリ言えばニーチェって頭悪いからな
何故か天才みたいに扱われてるのが理解できんわ >>504
そこだけ古典的だね
おちんちん夢分析のほうが
ナウかった時代にね >>507
スターリンが経済弱者にウケるために
マルクスを利用したなら
ヒトラーは恋愛弱者の経済弱者にウケようと
してたんじゃないかな
ニーチェを天才って言ってる人は
やばいんだよ >>503
ニーチェはワーグナーを熱愛してたが、ワーグナーにはあまり相手にされなかったらしく、これも片思いであったねw これ参考になるよ
すこしだけ
https://www.youtube.com/watch?v=sb0erqaNU24
Why Hitler loved Nietzsche
60,045 回視聴
2018/09/22
National Post
チャンネル登録者数 8.94万人 >>510
前時代的な哲学者だったら
神へ対して独り言を書いてればよかったのに
つらい時代に生まれたね 「ニーチェの馬」の
じゃがいも飯って
マジなのかな >>508
フロイトはニーチェ読んで、精神分析理論がニーチェの哲学で先取りされてると思ったそうであるねw >>509
ガチっと理屈で固めてるわけでもないのにあれが哲学扱いされとるのが不思議よね
インスピレーションに基づいてこのスレに宗教的なこと書いとる俺と本質は変わらんと言うか
あんなの学じゃないよね だから今の所俺の人生はいわば
人生というクソゲーを正面からやらずに ひきこもっては
ああこんな最高のゲームだったらと妄想する日々なのだけど
その妄想がしょぼいんだよねw
金と女を得て 更に色々と疑問に思う事を脳内で理屈つけて解決(あくまでみなし)して
しまうと もう終わり だけどそれって面白い人生とはあまり思えないw
これは俺の疑問のもち方 レパートリーが貧困なせいなのか そんな俺にとっては
今の所最高の幸福は何だといえるかというと この妄想をいかに発展させるかってこと
自分という主人公にどんなエピソードを与えたら彼(俺)は幸福になるのか
金も女も社会的地位も得て世間の人が思う疑問にもズバズバ答えて
インフルエンサーの王というか神にもなった(脳内でw) それで俺の知る限り
全ての著名人に勝利させた つまりイーロンマスクより金を持ち 紀州のドンファンより
女にモテ ひろゆきよりバカが群がって質問しまくり Vより投げ銭を稼ぐw
だけどその脳内の俺が なんか 幸せそうにみえないwwww
これどうしたらいいんだwww 俺の進む方向はこれで正しいのかw >>512
ニーチェの時代自体が非宗教的、反宗教的な時代だったわけでねw そして21世紀になって人類は宗教の復活を目撃したねw >>514
あれはニーチェとは
あまり関係ないのかな? ニーチェの主張は学問としての体をなさないただのインスピレーションの展開
しかもそれにしたってハッキリ言って俺以下でしかない
こんなののどこが天才なのかね アルチュセールとか名前が全く出て無い事に嫌儲のレベル低下がみてとれる。 そろそろカプセル一錠のむだけで叡智が身につくみたいにならないの ニーチェは19世紀に神の死を宣言したが、21世紀になって神は再び蘇ったといえようw >>275
でもVRでVチューバーみたいになったバ美肉おじさん同士が
つきあっていちゃいちゃしてるんだぜ今VR内のあちこちで
これがVの次にくるムーブメントらしいよ
これって前者じゃないのw ニーチェの著作は体系的なものではなく、箴言、アフォリズムであるわけで、これはまた結構伝統的な哲学の叙述形式であるねw
モンテーニュとかパスカルとか、反出生主義の哲学者としてケンモメン御用達のシオランもそうであるねw 哲学者が詩的表現に頼り出したら終わり。あくまで学術的な文体を維持するべき。 >>275
そもそも人間には真実なんて分からんからね
逆に言えば人間は嘘の中で生きていくしかないわけだけど
だからこそ積極的に嘘を紡いでいく能力って大事だと思うんだよな お前らは自分にとって都合の良い嘘の物語を紡ぐことが出来ますか? 中島義道が言ってるように哲学は病気だよ
やったってどこにも行きつかない
哲学をシノギにしてる奴は顔真っ赤にして反論するだろうけどさ >>530
甘いな
嘘を紡ぐ能力に関わって来るだろ
この世は嘘の押し付け合いで出来てる以上
実用的な意味があるんだよ >>516
文学でも詩でもないね
「哲学」にしてあげたのはナチスなのかも 哲学者は自分が幸せになるために哲学やってるわけじゃないし、
哲学の目的は幸せになることではないし。
知らないことを知ろうと努力することを、ギリシャ人は哲学と名付けた。 >>520
ニヒリズムを映像として表現すると
おいも
なのかな そういえば、ニーチェは「善悪の彼岸」の中でも、同時代の学者たちの「利害を離れた関心」「純粋学問」のことを痛烈に批判してたね。
ニーチェの批判を今から振り返ると、当時の「純粋学問」の信奉者よりもニーチェのほうが正しかったと言えようw
これまたニーチェの言う「歴史の遠近法」といえようw そろそろウンコして寝るか
しかしやっぱこういう話は面白いよな
娯楽としてはかなり優れてるよね哲学 当代の哲学が「純粋学問」になって死ぬのはデカダンスに関する哲学的知恵をもたぬから。患いも悪も知らぬから。 >>535
不思議だね
ザロメ周辺は
文化人気取りばっかりなのに 学問を否定するのはいいが
それでキリスト教や仏教以下のものしか作れなかったわけだからね
いわば忌み子でありヒルコですよ
そんなのは早々に海に流してしまうべき >>538
ニーチェは俗物が嫌いだったし、文化人気取りというのは俗物であるから、やはりニーチェの批判の対象になったよねw キルケゴールとかもぜんぜん哲学じゃない
ポエム思想っぽい 神を忘れて女を題材にするのは普通すぎなので
ちんこちんこ言ってたフロイトが新しかったんだろうな >>536
ま、面白いだけだよ
役に立たないし偉くも何ともない 哲学の始祖プラトンの著作にも詩人は知恵の導き手とあるわけで、ニーチェにとってはプラトンは西欧哲学の源流にして批判の対象であったねw >>540
ワーグナーも
ザロメの囲いもね
全部見下さないと
やっていけなかっただろうね
つらいね 神に対してかまってちゃんをやっただけのタイトルかもしれないね
神学寄りの哲学者はニーチェにかまったのかな? 神を忘れて女を題材にしたら文化人だもんね
文化人見下したら文化人にはなれないからね >>547
「それあなたの感想ですよね」
「なんかデータとかあるんすか」
程度の反論で粉砕されるよ >>368
おい!
俺も精神科いってそれをいったら
ナマポもらえるようになるんか? >>549
正義や倫理、人間の存在理由等々について簡単に割り切れるものではないけど
それに基づいて社会は出来てるわけだからね 幸せになるために哲学しているわけではない
とかいいよるアホがおるけど
人の活動は全て幸せになるためではないのですか 例えば人間に自由意思があるのかどうかは本当は分からないけど
あるということにして(つまり嘘)刑法がなりたったりするわけです なぜ死ぬのが怖いのだろう?
俺はかつて死ぬのが怖かったが
もしあの世があるなら別に死んでもいいんじゃないかと
思うようになってきたw
行き先がたとえ地獄でもなれたら割と平気なんじゃないかw
まあ慣れたら許されなくなりそうだけどw
地獄ってあれ罪に対する刑だから有期なんだろ?
むしろ天国直行よりも地獄を経験しておきたい気もするw
あの世にいっても暇を持て余さないために知識をためこんでもっていくべきだなw >>553
もしニーチェの研究者とかだったとしたら申し訳ないな
結構ボロクソ言っちまった >>557
自由意思があるから罪の責任を負わせることが出来る >>553
別に何ものでもないねw 特にニーチェの研究者というわけでもないしw >>558
自由意志の物語を作るために
犯罪者が必要なんだと思ってた
実際犯罪者には
自由意志や責任っていう
考え方嫌いだから
刑務所暮らしが好きなやつが多い >>558
刑務所だと糖質の定義がシャバと違うよね? >>560
考え方→考え方が
>>558
自由意志の物語を作るために
犯罪者が必要なんだと思ってた
実際犯罪者には
自由意志や責任っていう
考え方が嫌いだから
刑務所暮らしが好きなやつが多い >>560
よくいる文系をバカにする頭の悪い理系はこの辺が分かってないんよな
自然は物理法則で出来ているから理系学問で理解できても
嘘で出来ている人間社会を自然と同じようには理解できないという事を
>>563
へー
はじめまして
ワイ
ちんちん連呼ネキと呼ばれる固定ハンドルです >>566
チンネキさんね?あー聞いたことありまっさはじめまして。
>>565
文系の言う自然状態って何?
原始共産主義? とは言え将来的に量子コンピューターがハッテンした暁には
思考や思想がもつエネルギー量とかまで計算可能になったりしてな
キリストなんかはその思想で2000年後の俺という人間の考え方を変え
考え方が変われば行動も変わり
つまりキリストの思想には物理的な影響力があった、エネルギーがあったという事で
そういうのまで計算可能になったら面白い
>>567
どうもどうも
>>567
ちなみにち〜んとは別人ね
>>569
たしかに
時間の考え方が不自然だねキリストは
それはすごいね
今でも社会階層によって
時間の考え方は全然違うね >>568
文系の言う自然は色々あるだろうけど
ここで言う自然はまんま自然
宇宙とか 肉体を超える
本当は
一瞬みたいな人生でも
体感する時間を変えて
人の生活する時間の考え方を変える
それはすごい >>575
汝は美しいと
言いそうになったことが
あるんじゃないの >>571
なるほど、いきなり聞いてしまって不躾ですが、ち〜んさんとあなたの性別は。
ちな私は男です。 哲学者って周りが持ち上げるかどうかの違いでしかないからな
ニーチェ、ハイデガー、サルコジとか
日本の坊主が既に思いついていたことを19世紀になってドヤ顔で発表して
それで「偉大な哲学者」になっただけ >>579
稲垣足穂が美少年のケツ掘る瞬間
その一瞬は通常の時間の流れの縦軸に対して
無限の広がりをもって(つまり永遠)
垂直に勃っ…立っていたのかもしれませんね >>585
特にない
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