1500年代半ば、ヴェネチアで解剖学の研究をしていたマッテオ・レアルド・コロンボは、女性患者を診察しているときに、脚のあいだにある小さな突起物を発見した。
「このボタン≠触ると患者は身体を緊張させ、さらに触診を続けるとその部位が大きくなったように見えた」とコロンボは記録している。  

その後コロンボは、数十人の女性患者を観察し、全員がこの「未発見だった」突起物を持ち、触診に対して同じ反応をすることを確認した。
そこで彼は、当時所属していた大学の学部長にこの「発見」を報告したが、その反応は期待していたものとはかなりちがった。
コロンボは「数日のうちに、異端、涜神、魔術、悪魔崇拝の嫌疑で教室で逮捕され、裁判にかけられて投獄された。その草稿は没収され、彼の死後数世紀を経るまでその発見は言及することが許されなかった」。  

17世紀の魔女狩りの時代になるとクリトリスは「悪魔の乳首」とされ、クリトリスの異常に大きな女性はそれだけで火あぶりにされた。だがこれを愚かな迷信と笑うことはできない。  

1858年、イギリスの婦人科医でロンドン医師会会長だったアイザック・ベイカー・ブラウンは、女性のマスターベーションはヒステリーや脊髄の炎症を引き起こし、それがてんかんや痙攣につながって痴呆や躁状態を発症させ、最後は死に至ると主張した。
そしてブラウンは、この悲劇を防ぐもっとも効果的な方法はクリトリスの外科的切除だとして、数え切れないほどのクリトリス切除手術を施した。  
幸いなことにこの「理論」には根拠がないことがわかり、ブラウンはロンドン産科学会から除名され、クリトリス切除はイギリスでは行なわれなくなった。
だがその間にブラウンの著作はアメリカで大きな評判を呼び、20世紀に入るまで、ヒステリーや色情狂、女性のマスターベーションの治療法としてクリトリス切除が実施されつづけた──1936年になっても、『ホルトの小児科学』という権威ある医学教科書で、少女のマスターベーション治療としてクリトリスの切除ないし焼灼が推奨されていた。

こうした興味深い性の歴史をたどりながら、ライアンとジェタは次のように問う。
「通説」がいうように女性の性的欲望が弱いのなら、なぜこれほど執拗に女性の快楽を抑圧し、オルガスムを罰しなくてはならなかったのか──。  
このことから2人は、驚くべき仮説を提示する。

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