国会議員が「ありがとう、ウィル・スミス」と投稿した後に削除…“平手打ち事件”、黒人女性たちの反応が複雑すぎるワケ(文春オンライン)
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世間の耳目は暴力を振るったウィル、言葉の暴力とも言えるジョークを放ったクリス、つまり2人の男性に集まってしまった。いわば女性が置き去りとなってしまったのだ。

人種を問わず、髪は女性にとって女性性のシンボルだ。だからこそ映画の中で女性が長い髪をバッサリと切られるシーンは、『Vフォー・ヴェンデッタ』のナタリー・ポートマンや『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイのように残酷な他者による暴力を象徴する一方で、髪を自ら切るシーンは自己や社会の殻を破り、自由や解放を手に入れる描写に用いられる。

ジェイダにとって、髪を剃る選択はその双方だったと思われる。まだ多少の髪が残っている状態ではスカーフで覆うしかない。しかし「隠す」のはもう止めよう、自分自身でいるために髪を剃り、あるがままの姿で生きていこうと決めたのだ。

黒人は他の人種に比べて脱毛症が多いとされる。米国下院のアヤナ・プレスリー議員も2年前に脱毛症を公表し、今は全頭を剃っている。ファッショナブルなプレスリー議員はブレイズと呼ばれる黒人特有のヘアスタイルがトレードマークだった。そのプレスリー議員が髪を剃って有権者の前に立つには余程の勇気が必要だったと思われる。

今回の平手打ち事件の直後、プレスリー議員は「ありがとう、ウィル・スミス」「日々、無知と侮辱の中で生きる脱毛症の妻を守る夫に感謝」とツイートしている。だが、ウィルに対する反暴力の声が高まったためか、このツイートは後に削除されている。

クリスはジェイダが脱毛症であることを知らなかったと報じられているが、これには大物女性ラッパーを含め、疑問の声があげている人も少なくない。一般の黒人女性たちからも黒人女性の髪を揶揄するのを止めろ、髪以外についてもクリスは黒人女性を貶めるネタをやめろ、の声が出ている。

黒人女性には髪にまつわる特有の歴史がある。北米での黒人奴隷制は約400年前に始まった。当時、白人は黒人を人間として扱わず、西洋文化に沿った生活様式を強要した。髪型を含む外観もそのひとつだった。

白人と全く異なる縮れた毛質は見下され、黒人、特に女性たちは手入れによって直毛に近づける努力を現在に至るまで延々と続けて来ざるを得なかった。今では技術の向上によりあらゆる髪型が可能となっているが、アイデンティティの証として地毛(「ナチュラルヘア」と呼ばれる)を活かしたスタイルの女性も多い。

しかし黒人特有の髪型は「エスニック過ぎる」「公の場にふさわしくない」という理由で職場解雇や生徒の停学/退学処分が行われてきた。

先月、そうした事態を防ぐための「クラウン(王冠)法」と呼ばれる法案が下院を通過した。生まれつきの自然な毛質(ナチュラルヘア)への差別を違法とする法律だ。カリフォルニア州、ニューヨーク州などではすでに制定されており、近年はニュースキャスターや企業の上級職まで含めて黒人女性たちのヘアスタイルが自然に、自由に、活き活きとしたものになっている。

先日、黒人女性として初の最高裁判事となるための指名承認公聴会を終えたばかりのキタンジ・ブラウン=ジャクソン判事もシスターロックスと呼ばれる極細のドレッドロックスであり、ナチュラルヘアの人物を米国最高裁判所のメンバーとすることに黒人女性たちが格別の意味を見出している。他方、こうした歴史的経緯があるため、髪型を揶揄されることへの強い抵抗感が黒人女性側にある。

クリス・ロックも自身の幼い娘に「私はなぜグッド・ヘア(縮れの少ない髪)じゃないの?」と聞かれ、黒人女性の髪についてのドキュメンタリー映画『Good Hair』(2009)を製作している。そのクリスがジェイダの髪を笑い物にしたことを、同映画の出演者である脱毛症の女性は厳しく批判している。

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