「もう、私のお兄ちゃんじゃない」家族も引き裂くクーデター
https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2022/06/13/22679.html
大好きなお兄ちゃん
ネイさんの兄は優しく、周囲の人たちを楽しませるのが大好きな人だったといいます。
幼い頃、ネイさんがおなかをすかせていると、父親の財布からこっそり小銭をくすねて、おやつを買ってくれました。
親に叱られた時、兄は、ネイさんの前に出て、いつもかばってくれました。
ある時、果物の苗木を買って、きょうだいみんなで育てたことがありましたが、兄の苗木が一番最初に枯れてしまいました。
一方、一番大きく育ったのはネイさんの木。それを見て兄はこう言いました。
「俺の方が先に死ぬけど、ネイはいい人生を送れるね」
冗談のつもりだったんだろうと思います。でも、その言葉は、現実になってしまいました。
そんな兄との関係を変えてしまったのが、2021年にミャンマーで起きた軍によるクーデターです。
兄も勤務していた軍は、クーデターに抵抗する市民に対して、銃などを使って弾圧するようになりました。
犠牲者が多数出る中、市民は、職場を放棄するなど、非暴力で軍に反対する姿勢を示し続けています。
こうした中、ネイさんはクーデターの直後から、兄に対して、軍を辞めて市民といっしょに抵抗運動に参加してほしいと頼み続けました。
「自分も軍を辞めて市民運動に参加したい」
「自分の心も市民の側にある」
ネイさんの頼みに、兄はこう言ってくれたこともありました。軍への抗議を示す3本指を示したこともありました。
ただ、兄が軍を辞めることはありませんでした。
優しくて、いつも自分の味方でいてくれた兄が、なんで市民の力になってくれないのか。市民を弾圧する軍に残り続けるのか。もどかしくて、悔しくて、たまりませんでした。
気づくと、怒りにまかせて兄に対して言葉をぶつけていました。
「抵抗運動に参加しないなら、あなたは私のお兄ちゃんじゃない。もう妹じゃないし、お兄ちゃんって呼ばないから」
それから4か月ほど、ネイさんは日本で行われているミャンマー軍への抗議デモに参加したり、募金活動をしたりして、母国の支援を続けていました。
その間、兄とは一度も連絡を取りませんでした。
ところが2021年8月、親戚から突然の連絡がありました。兄の自殺を知らせる内容でした。電話越しで親戚は、兄は軍の施設の敷地内で自殺したと話していました。
「お兄ちゃんが死んだ」
実感はわかず、信じられませんでした。ただ、いつまでも涙が止まりませんでした。
しばらくして、叔父からも連絡がありました。兄が死ぬ数日前に連絡を取っていて、軍を辞めるかどうか悩んでいたと話しました。