性別違和の臨床において私が悩むこと - Anno Job Log
https://annojo.はてなぶろ/えんとり/2022/06/13/014824
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他の精神疾患と治療の適応
発達障害、知的障害、統合失調症等の精神病などがあり、性別違和を訴え、受診する者も多くいる。その場合もいろいろと悩ましいことが生じる。悩ましい点は大別すると以下の4点である。
第1には診断である。元の精神疾患の症状として、性別違和の訴えがあるのか。性別違和の症状としてほかの精神症状があるのか。他の精神疾患と性別違和がともにあるのか。この3つを明確に分けるのは困難なことが多い。たとえば、性別違和があり、他者とのコミュニケーションが苦手なものもいるが、発達障害があるのかどうなのか診断は悩ましい。
第2は、意思能力の問題である。性別違和を訴え、性別適合手術を希望する場合、手術を実施することは、本人に身体的に大きな影響をもたらす。その手術についての身体的メリットデメリットを判断する能力はどれくらい必要と考えるのが良いのか。また、改名や戸籍の性別の変更という、法的手続きを望むものもいる。こういった法的手続きに必要な能力はどれくらいなのか。特に軽度から中程度の知的障害で性別違和を訴えるものへの対応で悩むことになる。この問題は、法律の世界でも、医学界でもほとんどこれまで論じられていなく、妥当なラインを私個人が判断するのは、困難だと感じる。
第3は、身体治療適応の判断である。ホルモン療法や、手術療法といった身体治療にあたっては、その医学的適応があるかを判断する必要がある。この判断にあたっては、第2のところで述べた、意思能力の問題がまずある。意思能力があると考えられた場合でも、適応の判断にあたっては、現在の本人の生活状況も考慮の対象となる。望みの性別である程度生活できている場合や、カミングアウト等を通じて周囲からの理解を得られていることが望ましい。しかし、他の精神疾患があり、十分には社会生活が送られていない場合、どの程度の状況をもって、身体治療の適応があるといえるのか、そこにも明確な基準はなく、悩ましい問題となる。
第4は、「精神障害者の治療を受ける権利」をどう考えるかという問題である。私自身の臨床においては、たとえば、統合失調症で幻覚妄想を有する場合は、たとえ性別の違和感を訴えても「今の治療をしっかり続けてください」と述べ、性別違和についての治療はお断りし、現在治療中の主治医のもとにお返しすることが多い。ただ、そういう時に、患者さんから「精神的な病気があると、性別の治療を受ける権利はないのか。それは精神障害者への差別ではないか」と、問い詰められることもある。正直なところ、こういった訴えにも一理あると思う。ただ、ホルモン療法や手術療法は、精神的にも負担や影響が大きいため、元の疾患が悪化する可能性があるので、治療はやはり難しいとは思う。しかし、それでも患者が、治療を望む場合に、どのあたりに適応の線引きがあるのか悩ましいと感じている。
(後略