アメリカの連邦最高裁が、女性の中絶権を合憲としてきた「ロー対ウェイド」判決を覆して以来、男性の 「パイプカット(精管結紮術)」への関心が急速に伸びていると報じられている。
パイプカット(精管結紮術・精管切断術)とは、男性が行う避妊手術で、精管を結ぶ(結紮)、または切断することで精子の通り道を塞ぐ避妊方法だ。
ニューヨークにある泌尿器科のアレックス・シュタインシュリュガー医師は、同草案が最初にリークした5月の時点ですでに問い合わせが増えていたと、米紙「ニューヨーク・ポスト」に対して語っている。
特に、ロー対ウェイド判決が覆された先月24日以降の問い合わせの量は凄まじく、通常時と比べて「500%増」。通常、パイプカットに関する問い合わせは、1日に1-2件ほどだったが、現在多い日は15件以上もあり「7月以降の診察予約が相次いでいる」。
地元で「パイプカット王」として知られるフロリダ州のダグ・スタイン医師もまた、「問い合わせが急増し、急遽、診察枠を増やしたが、それでも2ヵ月先まで予約が埋まっている」と、米紙「ワシントン・ポスト」など各紙に語っている。
他にも、各紙の報道によれば、カリフォルニア州やユタ州、オクラホマ州など全米各地で同様の報告があがっており、パイプカットに詳しい専門家らは、同判決がこれまで別の方法で避妊を行なってきた男性たちの背中を押したのではないかとみている。
国立衛生統計センターによれば、2002年頃の時点では、パイプカットは「パートナーとの間に子どもがいて、これ以上子どもは作らないと希望した人が行う手術」だった。しかし、リーマン・ショックを機に「経済的ストレス下で子供を増やしたくない」と考える男性が増え、避妊方法の一種として、より一般的に認識されるようになった。
さらに近年は、望まぬ妊娠のリスクから女性の体を守るために、「男性ももっとできることがあるはず」といった啓蒙も少しずつ広がっていた。
実際、女性の卵管結紮術に比べて、男性の精管結紮術は「15-30分ほどの短時間の施術で、メスを使わない施術もあり、体への負担は少ない」。価格も保険によって大きく異なるが、400〜3000ドル(約5万〜40万円)ほどで「卵管結紮術より安い」と、専門家らは説明している。
啓蒙とともに、こういったパイプカットに関する情報も増えてたからか、「精管切除を受ける男性は年々、なだらかに増えていた」。
ただ、この10日ほどの間の劇的な増加は、これまで20年以上施術を行ってきたカリフォルニア州の医師も「経験したことがない」と、「ワシントン・ポスト」に語っている。
今なおカリフォルニアやニューヨーク州では中絶は合法である。にも関わらず、問い合わせが増えているのは「男性の考え方が変わったからだ」との見解を同氏は述べている。「家族を増やすことに対し、懸念している男性が以前よりも増えている」。
また、特に大きな変化のひとつとして、「30歳未満の男性の関心が高まっている」ことがある。これまでのパイプカットを受けるアメリカ人男性の平均年齢は36〜37歳で、すでに子供を持っている患者が多かった。しかし、現在は「子供のいない20代の男性からの問い合わせも増えている」と、現場の医師やスタッフらは各紙に述べている。
フロリダ州在住の29歳の男性は、パートナーの女性(33歳)と以前から「子供はいらない」と話し合っていた。しかし、同判決をきっかけに施術を決意したと、語っている。
「政治が自分の人生や考え方に、こんなに大きな影響を与えたことはなかった」
これまでは、彼女の方がピルを服用するなどして避妊を続けていたが、今後は中絶の権利だけでなく、避妊薬へのアクセスも制限される可能性があることを懸念し、パイプカットに踏み切ったと述べている。
「妊娠の可能性に対し、彼女にこれ以上ストレスを抱えて欲しくない」
「僕らが生きている世界は後退している。今後、どんな悪夢が現実になるか分からない。それがとても恐ろしい」
https://courrier.jp/cj/293341/