遺伝学の基礎でもある「メンデルの法則」は日本の学校でも広く教えられています。遺伝のすべてを解明しているわけではありませんが、優生学を信じる為政者たちはこの法則を悪用してきました。彼らは「遺伝学」と「優生学」をどのように結び付けたのでしょうか。

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「望ましい遺伝子だけを守るべき」とする優生学。過去にその論拠のひとつとなったのが1900年初頭に発表された『カリカック家 精神薄弱者の遺伝についての研究』です。同書ではメンデルの法則によって「欠陥者」が見出せたと主張しましたが、そもそもが作り話だったことがわかっています。

この本を書いた心理学者ヘンリー・ゴッダードは、自身の病院で診療していたデボラ・カリカックという少女をきっかけに“研究”を始めます。ゴッダートは、デボラのことを重度の精神薄弱者で非行に走るリスクがあると診断し、その原因は「デボラの血統にある」と断定しました。

ゴッダートがカリカック家の起源と特定したのは、マーティン・カリカックという男。彼は独立戦争に参加したあと、妻のもとに帰る道中で酒場の女性と関係を持ち、妊娠させました。その女性は「魅力的だが精神薄弱」だったと記されており、その末裔がデボラだというのです。

ゴッダートは、カリカックの合法的な家族の子孫と、酒場の女性との間に生まれた私生児の子孫を比較しました。そして、前者の家系には社会的な成功を収める者が多かったのに対し、後者の家系は犯罪者や障がいのある者が多かったと結論づけました。

「精神薄弱という欠陥を持った遺伝子が、メンデルのエンドウマメのように受け継がれた」とゴッダートは主張したのです。「生まれ」だけに着目し、「育ち」を無視したこの研究は、現代では到底受け入れられるものではありません。そして何より、「酒場の女性」はそもそも実在しないことがわかったのです。

このようなでっちあげの研究結果は、恐ろしいことに1950年代まで心理学の教科書に載り続けました。そして、強制不妊を正当化するための口実になったのです。

その後、ドイツでも優生学ブームが巻き起こり、遺伝学を悪用したプロパガンダ映画『遺伝(Das Erbe)』が上映されました。

ナチスは作中で、遺伝的に健康な人たちとそうではない人たちを差別的な対比で描きます。「自然界のように、私たちも弱者を排除しよう」と洗脳を目論みました。「生きるに値しない命」を排斥するおぞましい政策により、強制不妊や大虐殺が正当化されたのです。

遺伝や進化のモデルは非常に複雑で、簡略化される過程で本来の意味が歪められる危険があります。メンデルの法則もまた、そのシンプルさゆえに人種差別的な政策に悪用されました。極端な思想と嘘の科学が結びつくことがないように、私たちは歴史から学ばなければなりません。

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