島田陽子さん 友人明かす孤独な最期…借金で亀裂の妹2人から遺体を引き取り拒否されていた
https://news.yahoo.co.jp/articles/23b82169386e3d0ccdd4c024e938633919919d1c

島田さんの弔いはどのように行われたのだろう。
前出の友人Aさんからも、決して安らかとは言えない状況が伝えられた。

「島田さんは両親が亡くなっており、家族は妹2人だけなのですが、
その彼女たちが遺体の引き取りを拒否したと聞き、驚きました。
そのため遺体は区役所が管理していて、会えないとも……」

親しい友人たちも弔うことのできない混乱の中、なんとか葬儀は行われたという。
遺族が姿を見せない中で、その中心となったのは、島田さんが設立した映画製作会社のスタッフだった。
窓口となった男性が葬儀の様子をこう話す。

「密葬は私も含めて十数人で行いました。
病院の方にも女優さんだからと配慮してもらって、ドレスを持ってきてご遺体に着させたんです。
ただ、妹さんお2人とは連絡が取れず、葬儀に出席もされていないのは事実です。

身元引受人は、生前の島田さんが一筆書いてお願いしていた方となりました。
長年、彼女の面倒を見ていた方です。
遺骨はいま、島田さんの自宅に祭壇を設けて安置してあります」

芸能界で華々しく活躍しながら、その葬儀には家族の姿さえもなかった島田さん。
なぜこのような孤独な最期となってしまったのか。
前出とは別の、彼女と近しい友人Bさんが、真相を明かしてくれた。

「陽子さんは3姉妹の長女。お父さんが亡くなった後は、
自分が一家の大黒柱として家族を養うという気持ちが強かったそうです。
デビュー以来ずっと順風満帆だった陽子さんですが、うまくいかなくなったのは
内田裕也さんとの交際がきっかけで借金を背負うようになってから。
そこから自転車操業になって、妹さんたちに無心することもあったそうです」

金銭がもとで亀裂が生じていた姉妹関係が破綻したのは、母の病いがきっかけだという。

「お母様は脳梗塞になり、車いす生活を余儀なくされていました。
3姉妹持ち回りで世話をしようという約束でしたが、陽子さんは芸能活動もあるため、
主に費用の面でバックアップするという話になっていました。
しかし、借金の返済に追われ、ままならなくなってしまったそうなんです」

それでも、2年ほど前に亡くなる最期まで母親の介護をしていたのは、島田さんだった。
前出の友人Aさんは後悔まじりに話す。

「この数年間はとても苦しかったと思います。
妹と疎遠になり母を失い、『これで本当にひとりきりになってしまった』と
しみじみ言っていたことを思い出します。
実は彼女には、ニューヨークのブロードウエーで『将軍 SHOGUN』に主演した
リチャード・チェンバレンと二人芝居をするという企画もあったんです。
さぞ無念だったでしょう」