「セクハラや飲酒の強要さえなければ、お座敷でいろいろなお客様とお話しすることは好きでした。
それに日本舞踊やお茶のお稽古をもっと続けたい気持ちもあったので、鴨川をどりまでは頑張ろうと決めました。
でも、それからたった1カ月後の3月にお茶屋さんのお母さんから『あんたこの日、空けときよしや』と言われて……」

 それは、ある男性客との「お風呂入り」、つまり「混浴」の約束だったという。

「温泉という言葉を聞いた時、すぐに『それお風呂入りじゃないですよね』と尋ねたんです。
そうしたら、『あんた、何当たり前のこと聞いてはんの。馴染みのお客さんやし、そんな恥ずかしくないやん』と笑い飛ばされました。

 それまで私は幾度となく、お座敷でお姉さんが『お風呂入りしとおす』『温泉行きとおす』とお客様にしなだれかかる姿を見ていました。
だから『お風呂入り』がお客さんとの混浴を指すことはわかっていたんです。でも、さすがに冗談であってほしいと思っていたんですが……」

 未成年飲酒やセクハラは苦痛だったが、舞妓の仕事にやりがいを感じることも事実で、花街に残るか辞めるか迷ってもいた。
当時の桐貴さんは温泉旅行を断ることもできず、約束の日までの数カ月は生きた心地がしなかったという。

「お座敷で芸妓のお姉さんから、『じゃんけんして勝った方が、お客さんの前をこうやって洗うんやで』って教えられました。
旦那さん以外の男性客との旅行は、基本的に舞妓と芸妓が2人以上で行きます。
一緒に行くことになった姉さんは年齢が近くて話のわかる方だったので、『姉さん、うちお風呂入りしたくない』と言うと、『わかった』と。
露天風呂付きの豪華なお部屋に通されると、すぐにでもお風呂に入ろうとするお客様を制止し、『ご飯を食べましょう』『カラオケをしましょう』と、
とにかく引き延ばして……」

それでもなお、客は「一緒に入る」と言い張ったという。
しかし舞妓は「子どもでなくてはいけない」ため、恥ずかしがることも気持ち悪がることも許されない。
「最後の手段」と、先輩舞妓が酔ったふりをして暴れ、頭をぶつけて流血するという騒動を起こし、なんとか回避した。

「もし一緒に行ったお姉さんが違ったら、『あんた、はよ脱ぎよし』と言われて、断れなかったと思います。
今回はうまくかわせたけれど、次もうまくいくとは限らない。この一件でこれ以上、舞妓を続けるのは無理だと悟りました。
置屋のお母さんには『どうせ辞めても股開いて生きていくしかないやろ』と冷たく言い放たれましたが、心は揺らぎませんでした」

 そうしてこの直後、桐貴さんはようやく花街から抜け出した。
花街を出て知ったのは、自分がいた場所が「いかに特殊な世界だったか」ということだ。

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