もちろんロシアの人々も、プーチンが独裁者であることは知っている。情報統制がなされて言論の自由がないことも承知だ。それに何より、ロシアは開戦前に比べて国家として確実に貧しくなっている。

各国による経済制裁の影響もあるし、膨大な戦費の問題もある。武器弾薬の調達コストのみならず、占領地の駐留費などもこれから税負担として重くのしかかる。

にもかかわらず、なお多くのロシア国民がプーチンを支持しているのはなぜか。一つには、プーチン流の巧みなプロパガンダがある。国民が持つ歴史的な被害者意識に訴えかけ、混乱の訪れが近いと脅したり、ロシア国民はもっと世界から称たたえられて当然だと鼓舞したり。これが奏功していることは間違いない。

しかし、それよりもっと大きくかつ根元的な理由がある。ロシアの人々が、本質的に独裁者を求めているからだ。正確に言えば、独裁者よりもさらに怖いものがあるからだ。それをしのいでくれるなら、「独裁者のほうがまし」という意識なのである。

それは何かといえば、「無秩序」である。ロシアは世界最大の国土面積を誇るが、そうであるがゆえに、本来的に全土の秩序を保つことは難しい。それを可能にするために、強力な権威と実力を持つ指導者が必要だという考え方である。

歴史的にも、ロシアは危機が訪れるたびに無秩序に陥った。1812年のナポレオンのロシア遠征のときも、1917年の帝政ロシア崩壊とその後の内戦時もそうだ。そして1941年のナチスドイツの侵攻時も大混乱に陥ったが、このときに無秩序を回避したのは独裁者スターリンだった。

また1991年のソ連崩壊の際も、今度は国内経済が文字どおり無秩序に陥った。ハイパーインフレで物価が急騰し、貧富の格差は前代未聞の規模にまで膨らんだ。人々は絶望し、自殺者も増えた。以来、20年以上にわたって死亡者数が出生者数を上回り、人口は減少し続けたのである。

このとき、「無秩序」に拍車をかけたのが、突如としてロシア市民に与えられた「自由」だった。市民は自由というものを根源的には理解できず、混乱に陥ったのである。

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