「常識」の脆弱さとカルトの核心に迫る村田沙耶香の新境地『信仰』

 冗談とそうではない話を見分けるのが苦手で、人の話に相槌を打っていたら「ツッコミ待ちだったんだけど……」と困惑させてしまったことがある。
「普通に考えたら冗談だって分かるでしょ」と言われたが、私なりの普通の思考では、どう考えても本当の話にしか聞こえなかったのだ。
適切にツッコめる人は、語られていることが本当なのか、何を基準にして判断しているのだろう。

 本書には6つの短編と2つのエッセイが収録されている。表題作の『信仰』は、主人公の永岡が、金儲けのためにカルト商売を始めないかと地元の同級生の石毛に話を持ちかけられるところから幕が上がる。
同じ中学の同級生だった、真面目で大人しい印象の斉川さんもカルト商売の片棒を担がされていると分かり、永岡はなんとなくその場では断ることができず、後日、再び二人に会うことになる。

 もしも、古い知人にとつぜん呼び出され浄水器を売りつけられたとしたら、おおよその人は「目を覚まさせてこちら側に連れ戻さねば」と考えるか、もしくは「あっち側にいった人は手の施しようがないので縁を切ろう」と思うだろう。
自分とは異なる価値基準で生きている他者を「狂っている」「間違っている」と判定しているとき、人は、自身が正常な側にいると信じて疑わない。しかし、自分が正常であることを保障してくれる“完璧に正しい基準”はこの世に存在するだろうか。

 本作はカルトにハマる人を安全な観覧席から見おろして読むような小説ではない。
物語は想像もつかない方向に展開し、ページをめくる直前までの読者が立っていた、頑強だったはずの足場を丁寧に解体する。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e6fd1529ba81c1c2fdd62a9fb37dcf21e4ddd82c
Book Bang