「国の行政が行うことは全部、いちいち法律上の根拠がなければいけないのか。政府はフリーハンドで何をやってもいいというのでは困りますが、伝統的な通説や行政実務では『必ずしもすべてに根拠は必要ない』という考え方がとられています」

 「国民の権利を制約したり、義務を新たに課したりする場合、つまり国民にとって不利益を課す行政の行為には法律の根拠が必要だとされます。これを『侵害留保説』と言います」

 「これに対して、いやいや、すべてに法律の根拠が必要だという『全部留保説』という考えもありますが、これはごく少数派です」

 ――実際、起こりうるすべての事柄について事前に議論して法律を用意しておくのは、むずかしそうですね。

 「いま説明した二つの説の間に、大規模な補助金や国土全体の開発計画のような重要な事柄については法律の根拠が必要だという『重要事項留保説』や、国民の権利義務を行政が一方的に変動させるような権力的な行為については法律の根拠が必要だという『権力留保説』などがあり、最近はこれらの学説が有力になっています。『侵害留保説』では、あまりに対象となる範囲が狭すぎるということです」

 「でも、何が『重要事項』に入るのか、あるいはどういう行政活動が『権力的』とされるのか、厳密な線引きは困難で、解釈によって評価が分かれてしまいます」

 「では、国葬はどうでしょうか。国葬という儀式によって、国民の権利が制約されたり、義務が課されたりするわけではありません。侵害留保説の立場にたてば、法律の根拠は不要、ということになります」

 「岸田首相も閉会中審査で、『そういう学説に依拠している』と答弁しましたが、これまで一般に考えられてきたものと比べるならば、国葬が『重要事項』だとか『権力的』だということも難しいと思います。やはり、伝統的な通説や最近の有力説の立場に立てば、国葬には法律の根拠は不要ということになるのです」

 「結局、国葬という儀式は、憲法65条で定められた、内閣がもつ行政権の中に含まれていると考えられます。その意味で、あえて言えば、『国葬ごとき』は、閣議決定で自由に決めればいいものです」

https://www.asahi.com/sp/articles/ASQ9F51MLQ98UPQJ016.html