https://news.yahoo.co.jp/articles/c0489f5f3ba75d6556aefbf61499760c5da3528e

 日本を揺るがせた安倍晋三元首相銃撃事件。凄惨な殺人事件というだけでなく、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る被害や、教団と政治家の関係が明るみに出る契機となり、社会に多くの問いを投げかける。人間の欲望や社会の矛盾を鋭く洞察してきた作家の吉村萬壱さんは「この事件の深いところには、政治に対する『届かなさ』がある気がしてしょうがない」と、問題を長年放置してきた政治や社会の責任を指摘する。最新の小説「CF」(徳間書店)で責任とは何かを問い、新興宗教にも関心を寄せる吉村さんに、事件への思いを聞いた。(共同通信=井上詞子、森原龍介)

 ▽届かない言葉、消えない情念



吉村さんは現実社会と少しずれた奇妙な世界で生きる人々の姿を描き、人間の生の根源をえぐり出す。「CF」は現在の日本を思わせる社会を舞台に、あらゆる責任を「無化」する仕組みを開発した企業を巡る群像劇で、無責任な社会に憤る若者がテロを企てる様子も描かれる。6月の刊行後まもなく銃撃事件が起きたことから、その予見性にも注目が集まる。

 「安倍政権をずっと見ていて、責任を取らへんなっていうのがすごくあった。何とか作品化できないかと思った」と吉村さん。安倍晋三元首相は「美しい国づくり」など耳当たりの良い言葉を多用する一方、森友、加計問題や「桜を見る会」問題を国会で追及されると、虚偽答弁を繰り返した。「きれいなことを言うけど内実がない。言葉が実態のないものにされていく過程を見せられ、われわれ国民の中で『自分たちの訴えは絶対に政府の中枢には届かない』という諦めのようなものが積み重なってきた。無力感を醸成してきた政権だったと思う」と振り返る。

 積み重なったのは諦めだけではない。吉村さんは事件の背景に「政治に対する憤りや情念」があるとみている。「政治の空洞化が分かってしまっても情念は消えないので、どこかで爆発せざるを得ない。今回の事件は旧統一教会に関係して安倍元首相が銃撃された形だけど、もっと深いところに、政治に対しての届かなさ、『言葉が聞いてもらえない』ということが分かってしまった結果がある気がしてしょうがない」

 ▽爆発の素地はできていた

 吉村さんは銃撃事件を、旧統一教会を巡る問題を放置してきたことによる「時限爆弾のようなもの」と表現する。1992年に行われた統一教会による合同結婚式を機に、教団による霊感商法などの問題が一時期盛んに報じられたが、被害救済や法整備はほとんど手つかずのままで約30年が過ぎた。