不幸な生い立ちは犯罪を起こした理由にはならない。正当化の理由にもならない。同じような境遇でもまっとうに生きている人はいるのだから――こうしたコメントはよくネット上で目にする。また、日常会話でもこういう意見を言う人は珍しくない。
もちろん貧しさは窃盗の動機にはなるが、それを正当化する理由になる、とまでは言えまい。また、いかに相手に腹が立ったからといって傷つけてよいはずもない。
これは正論ではあるが、一方で議題にあがりづらいのは、犯罪者の知能の問題である。犯罪の中には、「一体、この行為をして何のメリットがあるのか」と首をひねってしまうものが一定の割合で含まれている。
たとえば去年10月、話題になった埼玉県桶川市の自転車危険運転“ひょっこり男”。少年時代の生い立ちが不幸だった、という報道もある(「週刊女性PRIME」11月4日)が、それではどうにも説明がつかない行為なのは間違いない。自分が非常に危険な状況になるのに、「ひょっこり」をすることに何の意味もないのだ。
また同じ10月、札幌市で29歳の男が同居する60代の親族を殺害するという事件が起きた。容疑者には前科があったが、親族はそれを承知で同居させていたという(「文春オンライン」12月1日)。冷静に考えれば、庇護者ともいうべき親族を殺害することにはまったくメリットがない。しかし、「何ヶ月も入浴しないこと」で口論となり、ボコボコに殴打したという。同記事では、彼は健常者として認められるIQをギリギリ上回る、または下回る可能性のある人物であると指摘。ベストセラーとなった『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治・著)で扱われている「境界知能」の可能性が強く示唆されている。
そうであるならば、メリットのない犯罪に簡単に手を染める説明はつきやすい。同書で紹介されている「ケーキの切れない非行少年たち」の特徴としては、たとえば以下のようなものがある。
・すぐにキレる
・思いつきで行動する
・メリットがないことをする

これらは特徴のごく一部だ。しかしこの容疑者の行動を合理的に解釈するには有効だろう。つまり、本来なら世話になっている相手に対して「すぐにキレ」て、後先を考えずに「思いつき」で殴りかかる。「何ヶ月も入浴しないこと」を注意され殴りかかるのも「メリットがない」に等しい(彼の体臭は物凄かっただろう)。
「努力は報われる」といった常識的な説諭は必ずしも有効ではない。罰を受けるのは当然としても、その罰の意味を理解させること自体が難しいのだから。
同書によれば、実はこうした「境界知能」の可能性のある人は意外と多く、日本人の7人に1人はそれにあたる可能性がある、という。もちろん、そうした人の中には、家族や社会とうまく折り合っている人も多くいる。それだけに、早めに(なるべく子供の頃に)そうした傾向に気づいて、トレーニングなどで周囲が支えることが重要だ、と宮口氏は述べている。

デイリー新潮編集部
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