1970年代半ばまでは、大っぴらにマフィアに牛耳られていたラスベガスだったが、いつも定型の脅し文句としてまことしやかに伝えられていたのは「ガタガタ言うと、湖に沈めるぞ!」だった。
いかにも映画やドラマに出てきそうなセリフで、ラスベガスの住人は半ば冗談としてしか聞いてこなかった。
ところが、である。

この20年間のラスベガスの都市部拡大とそれに伴う水の需要の増大、そして異常気象による降水量不足から、水瓶であるアメリカ最大の人造湖であるミード湖が、貯水量の75パーセントの
水を失い危険レベルに突入した。そして、この干上がった湖の底から、水に浸かって腐食したドラム缶が現れ、そこから死体が出てくるというまさに映画やドラマのような出来事が起こった。

ラスベガスの東あるミード湖は、長さ2330キロメートル(1450マイル)、流域面積約62万9100平方キロメートルにおよぶコロラド川を堰き止めた湖だ。琵琶湖の2倍の面積を超すミード湖は、
フーバーダム(着工時の第31代アメリカ大統領ハーバート・フーバーに因んで名付けられた)によって生まれ、飲み水の供給だけでなく水力発電、そして砂漠に住むラスベガスの住民にとって
唯一の水辺のリゾートとして君臨してきた。

ラスベガスの住民は、マイホームを求めて働き、成功したら次はボートを買って、ボートを湖まで引っ張っていってミード湖で釣りや水浴を楽しむのが長年のステータスになっていた。

しかし近年、どんどんミード湖の水位が下がり、もうボートを陸から滑らせて入水させる設備も機能しなくなり、飲み水をひっぱるために埋めた巨大なパイプも水の上に顔を出してしまう
ありさまとなって、さらに水深深くパイプを引き直している。また水辺そのものも、ひからびた土地は悲惨の象徴でもあり、そのリゾートとしての魅力も大きく後退してきた。

さて話をドラム缶に詰められた死体に戻そう。

1905年にラスベガスが設立されてから、およそ120年が経つが、本当に湖の底から死体の入ったドラム缶が出てきたのは、今年が初めてだ。5月に初めて死体があがった後、毎月のように
「ドラム缶死体」が干上がった湖底に横たわっているのが発見されるようになり、8月までに5つの死体があがっている。

新聞やテレビに、湖の藻屑に覆われたいかにも古いドラム缶と、そこにくくりつけられたロープのようなものがリアルに映るが、いまのところ死体を現実の事件とつなぐ鍵は何も見つかっていない。
ただ、死者が身にまとっていた服から、70年代から80年代の出来事との見立てがされている。

報道ではきれいに残ったままの死体の歯型まで映してしまっていて、こういうところはさすがアメリカのニュース番組だが、むしろ死体より茶色で無言のドラム缶のほうが気味悪いことこのうえない。

湖に潜水しての死体探しやドラム缶探しが、陰気な楽しみとしてブラックなマニアの間で流行しつつあり、それまで「ここで釣りをするにはライセンスがいります」とパトロール船を
運航させていた警察は、いまや「ここで死体を探してはいけません」と取り締まるようになった。

連邦政府はこのたび約4000億円の予算を通し、この湖の貯水量を回復させるべく、様々な施策を打つことを発表した。これによって、近隣の都市に住む住民に対して、
庭を芝生から水を必要としない(サボテンなどを植える)砂漠デザインのものに変えるのに補助金を出したり、あるいは農家に水の消費の少ない穀物へ変えるようにやはり交付金で
促したりなどのアクションがとられていく。

余談だが、ラスベガスのホテルはものすごい量の水を消費するが、全米でも有数のリサイクル施設を持っていることから、消費した水の全てはリサイクルされて、
それもまたリサイクルされ、一滴たりとも無駄にしていないというのが地元の自慢だ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a19653fee715db72e6fa7e6bfb4daefd5a0007c1?page=1