円城塔さん「怪談」インタビュー 「直訳」で浮かび上がる不思議の国・日本
https://book.asahi.com/article/14742665
(一部抜粋)
■ホーイチはヘイケ・グレイブヤードでビワを激しくプレイする
――円城さん訳の『怪談』は、日本人に長年親しまれてきたラフカディオ・ハーンの名作に、
「直訳」という手法で新たな光を当てた一冊です。まずは翻訳にいたる経緯を教えていただけますか。
たまたま原文で読んでみたんですよ。
2013年にアメリカに行くことになって、無駄な抵抗として機内で英語でも読んでおこうかなと。
なぜ『怪談』を選んだのかは忘れましたが、大した理由はなかったと思います。
ところが読んでみたら、自分の思っていた作品と全然違った。
そもそも人名が分からないんです。
この「ムソ・コクシ」って一体誰なんだろうかと。
空港に出てすぐに検索して、夢窓国師(臨済宗の僧侶)だと分かりました。
ホーイチはヘイケ・グレイブヤード(graveyard=墓地)でビワを激しくプレイするし、
ローマ字で延々書かれた歌のようなものも意味不明だし、
どこか知らない国の民話集を読んでいるような気になったんです。
これを書かれているとおりに訳したら面白いんじゃないだろうかと思ったんですね。
日本はかつて不思議の国だったし、今でもきっとそうなんですよ。内側にいると気づかないだけで。
(中略)
――ハーンの『怪談』といえば、和の情緒漂う怪談文芸の名作、というイメージを抱きがちです。
しかし直訳で読んでみると、また違った印象を受けますね。
全体に意外と明るいんですよ。「ミミ・ナシ・ホーイチの物語」の和尚が良い例ですけど、
芳一が大けがしているのを見つけて、Cheer up, friend! って呼びかけますからね。
友よ、元気を出すのだ!って。他に言い方があるだろうと思うんですが、
書いてあるからそう訳すしかない(笑)。
既訳を読み比べてみると、最初のうちは割と直訳調で、
チア・アップ的なニュアンスをそのまま訳しているんです。
それが徐々に削られていき、日本語として読みやすく、美しいものになっていく。
日本人がハーンを放浪の異国人ではなく、
日本文化を愛した文学者・小泉八雲として受容することを選んだ、とも言えるでしょうね。