当時の2ちゃんねるでは、誹謗中傷もふくめた違法投稿に対する削除要請の仕組みはあった。ただし、そのルールは非常に複雑で、その解釈が2ちゃんねるのボランティアに委ねられていたため、必要な削除措置がなされないということが多数あった。そのうえ、その削除依頼は一般に公開されていた。

この削除依頼は公開するというのは、90年代後半のアメリカで最初期の商品レビューサイトといわれている「リッジ・オフ・レポート」のルールとして当時有名だったものだ。おそらく西村氏はこれをまねたのだろう。ようするに公明正大にその書きこみが削除に値するものかどうかも言論で決めてもらおうということだ。

しかし「リッジ・オフ・レポート」は商品レビューサイトであり、削除要請するのは企業である。企業の横暴を監視するネット市民というコンセプトで、ヒッピーあがりの反資本主義の闘士が立ち上げた「リッジ・オフ・レポート」と、2ちゃんねるはだいぶ種類が違うものだ。

公開された削除要請は、それをウォッチしてあげつらう2ちゃんねるユーザーの恰好の餌食となった。被害を申し立てることが揶揄の対象となり、それが炎上する。先にとりあげた、とある法人の社長も、容姿や交際関係、仕事に関する真偽不明な噂話を書きたてられた女性も、むしろ被害は削除要請を出してから爆発的に増えたと証言している。これを当時の2ちゃんねるユーザーは獲物がやってきたとばかりに面白がって「炎上」させていたのである。

言論には言論で反論すればいい、というのが西村博之氏の2ちゃんねるの思想だが、圧倒的多数の匿名の言論に対して、ひとりの個人が実名を出されて反論するのなど、不可能にして、あまりにも残酷すぎる。このように、削除要請の仕組みは、申し立てた実名を出された被害者を、匿名の無数の人たちが糾弾する娯楽の場でしかなかったわけである。

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