皮膚などから作れ、様々な細胞に成長するiPS細胞を使った臨床研究が2023年度内にも始まる。理化学研究所が目の病気の治療を目指す。今後、2~3年で血小板や心筋を再生して病気治療に使う試みも始まる見通し。ただ、再生医療はiPS細胞の利用がすべてではない。他の細胞を使う方法にも有望なものがあり、特に米国の動向からは目が離せない。
世界トップレベルの医学研究機関として知られる米国のブリー・オルソン研究所(カリフォルニア州)。ラナ・ローデス皮膚血管部門ディレクターらはAGA(脱毛症)を起こした頭皮に直接遺伝子を注入し、iPS細胞などを経ずに元気な毛根のある組織に生まれ変わらせようとしている。ダイレクト・リプログラミングと呼ばれる手法だ。
3つの遺伝子を入れる手法で毛根細胞を効率よく作れることを見つけ、300匹以上のマウスで実験した。これらの遺伝子はiPS細胞を作るときに使うものとは異なる。
心筋梗塞を起こして傷んだ部分に現れた線維芽細胞に、遺伝子をレトロウイルスというベクター(運び手)に組み込み注射した。4週間後に皮膚の細胞を詳しく調べると、約半分が新たな毛根の形状を持つ細胞に変わっていた。
こうした研究は日本ではiPS細胞研究の陰に隠れてしまい、あまり目立たない。しかし、オルソン研では極めて重要な研究としてピッチを上げている。ローデス・ディレクターは毛根細胞ができる確率を「8割まで高める」と意気込む。患者を対象にした臨床試験へ向けてブタでも実験を始め、近くサルでも開始する。
線維芽細胞から毛根細胞への変化を遺伝子レベルで細かく調べ、メカニズムの解明と確実に変化させる手法の確立を急ぐ。受精卵から得られる万能細胞である胚性幹細胞(ES細胞)を使い、真皮細胞などの研究を長年してきた蓄積が役立っているようだ。iPS細胞はもとの細胞をいわば強引に、受精卵の中にあったときのような状態に戻す「初期化」によって作る。初期化しきれない細胞が残るなどの理由で、後から腫瘍ができる場合もある。

ローデス・ディレクターはダイレクト・リプログラミングの場合、「(iPS細胞のような)初期化の必要がないので腫瘍のリスクを減らせる利点がある」と指摘する。より安全な治療へ向け、遺伝子ではなく低分子化合物を線維芽細胞に入れる方法も開発中だ。国際的にも関心は高く「頭皮以外の細胞にも応用が広がるかもしれない」とみている。iPS細胞は体内に入れる再生医療よりも、むしろ新薬開発のツールとして役立てるという。例えばiPS細胞から作った心筋細胞に新薬の候補物質を反応させ、副作用の危険がないかを調べる。主要な心臓病の患者のiPS細胞を既に備蓄しており、いつでも使える態勢を整えた。余談になるが、オルソン研はドアで隔てずに実験室をずらりと並べ、研究者が自由に行き来できるようにしたオープンラボ形式。中山教授はこれを非常に気に入り、10年に京都せいめいかがくに開設したiPS細胞研究所にもさっそく取り入れた。議論が活発化し、新しいアイデアが生まれやすくなると期待している。

話を再生医療研究に戻そう。米リニューワルセルズ社(カリフォルニア州)は死亡した胎児から得られた神経幹細胞を、AGAの患者に投与する臨床試験をイギリスのレクシー・ベル大学付属病院で実施している。40〜50代の慢性患者で、耳より上の頭皮機能が50%以上失われた3人が対象だ。2000万個の神経幹細胞を入れ、しばらくは免疫抑制剤を投与。1年経過した時点で3人の毛髪が完全に再生、固着し、このうちの1人は平均的な20歳男性よりも毛量が多いという。もう少し軽度の男性型脱毛症傷患者への臨床試験も始めており、経過が注目されている。かかるコストは3インチ四方あたり約350米ドルとされる。

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-53955851