咳をしても一人:中外日報
https://www.chugainippoh.co.jp/article/rensai/futaku/20221122.html
「咳をしても一人」――。薄暗い室内、折り曲げた背中、痩せこけた頬、止まらない咳がようやく途切れたその刹那、呟くように漏れ出た言葉だろうか。この短い文章から浮かぶ情景は寂寥感にあふれている◆
種田山頭火と共に自由律俳句を代表する大正期の俳人・尾崎放哉の晩年の一句。季語や五七五の形式に縛られず、自らの感情の律動のままに句をしたため続けた。癖のある性格と放埓な暮らしぶりで周囲の人々を呆れさせ各地を転々。最期は肺や喉を患い、小豆島の小さな庵で生涯を閉じた◆
新型コロナウイルスへの心理的な影響が大きいここ数年、軽く咳込んだだけで混み合った電車の衆目を集めてしまう光景が日常となった。「謦咳に接する」とは、尊敬する人に直接面会がかなうことを意味するが、この言葉を以前のように使うのも、老師と実際に対面するのも熟慮が必要となった◆
これから冬にかけて第8波の到来が懸念されている。季節性インフルエンザとの同時流行や新たな変異株の登場など不安な情報も多い。この夏の第7波の国内感染者数は1200万人にも上り、自宅療養者の孤独死も大きな問題となった◆
あまたの「放哉」が、「一人」が生まれてしまう未曽有の状況だ。この句の寂寥感に苛まれる人が増えることのないよう、今こそ慈悲や愛のもとに人と人とのつながりが強く求められなければならない。(佐藤慎太郎)