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95.3%の夫婦が「夫の名字」を選択する現代 夫に名字を変えさせてしまった妻が背負う葛藤

結婚したら夫婦どちらかの姓を選ばないといけない、現在の「夫婦同姓」制度。夫婦同姓は、どちらかの名字を選び、どちらかを“捨てる”ことと同義だ。妻の名字に変える夫が「4.7%」(2020年)と極端に少ない現状もあり、夫が名字を変える選択をとった夫婦もいる。短期集中連載の第1回記事では夫が妻の名字に変えるまでの迷いと変えた後の周囲からの反応への戸惑いを取り上げたが、今回は「夫に名字を変えさせてしまった」という葛藤を背負う妻の姿――。
「えっ、旦那さんが名字を変えたってことは、婿養子に入ったってこと!?」

 私は、久しぶりに会った知人の反応に、「またきたか」とため息が出そうになった。今回は、筆者(36)自身の話。実は前回の記事の当事者は、筆者の夫だ。私たち夫婦は、4年ほど前の結婚時、婚姻届の「婚姻後の夫婦の氏」の欄で「妻の氏」を選択。私は名字を変えず、夫が「松岡」に変えることになった。

 実に95.3%の夫婦が「夫の氏」を選択する現代、結婚前の女性の間で交わされるお決まりのフレーズといえば、「結婚したら、なんて名字になるの?」。

だから「名字は変わらない」と言うと、途端に相手の顔にはハテナマークが浮かび、さまざまな臆測が口をついて出る。「婿養子?」「婿入り?」「奥さんの“家”に入ってくれるなんて」「向こうのご両親は大丈夫なの?」などなど。

 私が長女で、妹が1人いると知ると「女の子だけだと、お婿さんもらわないと、家が途絶えるからか」「理解がある旦那さんで、本当に良かったですね」などとなる。どこか釈然としない思いを感じながらも、相手に対して細かい事情や経緯を説明する気にはならないし、相手もそこまで興味があるわけではないと思う。だからとりあえず、話が次のテーマに移るまで、その場をやり過ごすのが常だ。

 ただ、なかには「よっぽどいい家柄なんですね」「代々続くおうちとかなの?」とまで続くときがあって、“名字”や“家”にまつわる固定観念があまりに浸透していることに、めまいがしそうになることもある。無論、相手に悪意があるわけではないのは百も承知だ。だが純粋な好奇心や、無邪気な“無知”には、時に他人のプライベートに土足で踏み込む危険性があることを実感した。
「もし検討の余地があるなら、うちの名字にすることを考えてもらえないだろうか」

 父からこの話があったのは、夫とともに私の実家に行き、両親に結婚の挨拶をしたときのことだった。夫の「娘さんと結婚したい」の言葉に、二つ返事で承諾し、喜んだ父だったが、その後に口をついて出た言葉が、前述の名字についてだった。

 この話は、私自身も初めて聞いたことで、寝耳に水だった。聞けば、「名字を継いでほしい」というのは、父の母にあたる祖母の願いらしい。祖母は若くして夫を亡くし、女手一つで商売を切り盛りしながら、幼子2人を育て上げた。祖母が長年営んできた商店の屋号には、夫である祖父の名字がつく。祖母には「名字を守り続けてきた」という自負があり、できることなら絶やしたくないという思いがあるという。

 正直なところ、重い話だった。私自身、それまで名字について深く考えたことはなく、漠然と周囲と同じように「結婚したら相手の名字になるのだろう」と思っていた。自分が名字を変えることに対しての抵抗感もほとんどなかった。だから突然、父から名字についての話があったとき、「そんな重い“荷物”を背負わされるなんて……」という思いが芽生えた。それは婚姻届を出すまでの大きな“宿題”として、私の胸に居座ることになった。

 夫には、兄弟がいない。だから私と同様に、自分の名字を選ばなければ、そこで名字が途絶えることになる。突如、名字を巡って、さまざまな思いが駆け巡るようになった。祖母の気持ちを尊重してあげたい思いもあるが、何より大切なのは、当事者である夫の気持ちだ。

 夫は夫で、先の記事の通り、自分の名字に対して複雑な感情を抱いており、祖母の話がなくとも「名字を変えていい」というスタンスだった。だが夫の父の「名字を変えるのは少し寂しい」という言葉を聞いて以来、揺れる夫の姿があった。名字とは、これほどまでに重いものなのかと実感した。夫が父の思いを聞いて揺れるように、私もまた、祖母や父の言葉を聞いて揺れていた。