レバ刺し問題に見る、事なかれ主義と無駄の生産

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最近、私の回りでは、レバ刺しが食べられなくなりそうだ、ということについて話題になっている。
牛生レバー提供禁止へ…違反なら懲役か罰金 (2012年3月30日20時37分 読売新聞)
「レバ刺し禁止令」の愚かしさ 日経新聞 2012/4/4
これは例の富山の焼き肉店でのユッケ食中毒事件が引き金となり、生肉への規制が厳しくなった。
規制がユッケだけでなく、レバ刺しまで飛び火した、というわけだ。
国は、いつも事なかれ主義の体質で、規制という形をとり、問題が起こらぬよう事前に規制をかけてくる。
だけど、どうだろうか。

世の中の食べ物を疑うなら、いくらでも疑えるものはたくさんある。
生モノのほとんどは、時間が経てば危険度が増す。
そんなことは誰もがわかっていることで、それを規制し始めたら食べるものがなくなってしまう。
このままでは、生牡蛎だって、馬刺しだってなくなってしまいそう。
そのうち、焼き肉が焼かれてから出てくるんじゃないだろうか。
焼くことをお客さんに委ねてはいけない、なんて規制だって出てきそうだ。
フグのように免許制にするという方法だってあるし、
そもそも、食品衛生管理レベルでやるべきことじゃないだろうか。
 
こういう体質が度を超すと、一般消費者の「賞味期限神話」を生んでしまう。
賞味期限を一日でも過ぎると捨てる人がどれだけいることだろうか。
食べ物が食べられるかそうでないかというのは、経験や感覚でもあったはずだ。
(それがすべてではないが。)
それを単に、安全な数字(日付)に委ねて、期限でどんどん捨てている日本は、
世界一、無駄を生産する国になってしまっている。
これでは、生産者も苦しくなってしまうだけで、悪いスパイラルにはまっている。
 
単に罰で規制すればいい、という発想そのものが時代遅れだ。
日本の食文化を、日本自身が殺していくことになりはしないだろうか。