そういう生徒たちに、私はいつもこう言ってきた。詩や公民に興味はないかもしれないが、将来何をするにしても、文章を書く能力というのは絶対必要なスキルである。大学入試の際にも、求人に応募するときのカバーレターを書くにも、単に上司にメールを送る場合にも必要となる、と。
一方で、書くことが好きな生徒たちに対しては、実験的なことをしたければ、まずは良い文章の基本的なルールを習得することが重要だと教えた。つまりピカソのように、観る側の期待を確実に満たせる技量を備えて初めて、目があらぬところにある人物像を描けるということだ。
だが、今やそのどちらも正しいのかどうか自信がなくなってきた。もはやティーンエイジャーにとって文章を書く基本的なスキルが本当に必要なのかも、基礎が身についていなければ実験はできないという論理が通用するのかも、わからなくなってきたのだ。
正直に言おう(最初にこれまでの、そして現在の生徒たちには謝っておく)。ChatGPTが生成するテキストは、平均的な教師や教授が読んできた大多数の文章より優れている。
ここ数日、さまざまな文章をChatGPTに作らせてみた。その結果、このチャットボットは必ずしも毎回鳥肌が立つような答えを返してくるわけではないが、与えられたタスクは充分すぎるほどにこなしている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/308fc3ba4d271432b83e0815ca8d67ba70652fc9?page=1