慶応義塾の創設者であり、『すゝめ』で高らかに新しい時代を宣言するというなかなか自己宣伝も上手な人だったようだが、みずから創刊した『時事新報』(以下、『新報』)の論説では、露骨に本音をぶちまける人物だったようで、
『すゝめ』や『文明論之概略』のような大きな著作で格好をつけて書いていることと『新報』で書いていることとのあいだの温度差をうめて理解しないとうっかりだまされてしまう。その極めつけが、悪名高い「脱亜論」だ。

「アジア東方の悪友を謝絶」しろというところからアジアを抜けだせと宣言していると理解されがちだが、本音はむしろ、「西洋人がこれに接するの風にしたがって」アジアを分割統治する側になって帝国主義の一員になるべきであり、
西洋人の目線からアジアを見ろといっている。学問をすればするほど、西洋人の目線に近づき、アジアを蔑視して(中国人を「チャンチャン」「豚尾(とんび)」などと、まるで現在の在特会のように表現している)、
植民地獲得の対外侵略に乗りだせという野卑な人間になりさがっていくのだろうか? そういう思想が、日本を(アジアを)悲惨な戦渦に巻きこんでいったのではないか。

まことに改憲派中曽根の意にかなった人物ではないか。およそいまの憲法の下で最高紙幣の顔がつとまる人物とは思えない。晩年には「明治政府のお師匠様」と気取っていたのであるから、推して知るべし。
それどころか、格差を拡大させ若者から教育の機会を奪うことばかり続けながら、戦後を否定し、基本的人権を制約する憲法をつくりたくて仕方なさそうな現政権にしてもまことに願ったり叶ったりのお師匠様かもしれない。

http://gendainoriron.jp/vol.07/column/col05.php