この頃、物価行政の目玉の一つは「内外価格差の是正」であった。その発端は85年のプラザ合意後の超円高である。85年には238円だった円の対ドルレートはぐいぐい上昇し、93年には111円となっていた。円の価値が短期間で2倍以上になったわけだ。

 対ドル円レートが2倍になれば、ドルで測った一人当たりGDPも2倍になる。これによって日本はあっという間に世界有数の高所得国となった。90年の日本の一人当たりGDPは25,916ドルであり、これはアメリカ(23,914ドル)より高い。しかし、国民から見ると、とても自分たちが世界有数の生活水準を享受しているとは思えない。要するに実感がないというわけだ。

 そこで出てきたのが「日本の物価は高い」という議論だ。円の価値が2倍になれば、円で測った諸外国の物価は2分の1になる。当然日本の物価は割高になる。すると、日本の物価を諸外国並みに引き下げれば、実質所得は2倍になるわけだから、世界有数の高所得を実感できるようになる。これが「内外価格差是正」論である。

93年白書の内外価格差分析
 私が課長として担当した1年目の白書、93年白書では上記ストーリーそのままの記述が登場する。

 まず、同白書の第4章 第3節「生活の豊かさを目指す家計」では、次のように述べている。「質の高い国民生活の実現という課題は、基本的には80年代後半の円高によって強く意識されるようになったものである。‥(円高が浮き彫りにした重要な問題、それは)フローの所得水準では世界のトップクラスにありながら、国民は必ずしも世界のトップクラスの豊かさを実感しているとはいえない、という問題である。例えば、『経済構造調整に関する世論調査』(総理府、88年9月調査)によると、「日本の国民所得は世界の最高水準に達しているが、これに見合うだけの生活の豊かさを実感しているか」という問に対して、実感している者が22.4%、実感していない者が69.2%という結果になっている」

 このように所得と生活実感のかい離が生ずる理由として、白書は内外格差の存在を指摘する。すなわち、「日本の物価は上昇率という点では世界で最も安定しているが、絶対レベルでは他の先進諸国より割高である。国際的にみて所得水準が高くても、それが国際的にみて高い物価によって割り引かれてしまっているため、実質的な所得はそれほど高くないのである」と述べている。そして、必要な対応として「規制緩和、競争条件の整備などを推進することが重要である」と結んでいる。
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 これは当時の標準的な考え方そのものであった。
https://www.jcer.or.jp/j-column/column-komine/20190716.html