福島第一原子力発電所からの処理水放出が「最善の選択」と専門家、放射線の危険や他国でのケースはどうなのか?

日本政府は2023年1月13日の閣僚会議で、2023年の春から夏ごろに東京電力福島第一原子力発電所の処理水を海に放出し始める方針を固めました。「無責任」と断じる国内メディアもある一方、イギリス・ポーツマス大学の環境学者で国際原子力機関(IAEA)の専門家グループのメンバーでもあるジム・スミス氏が「放出が最善の選択」として、その理由や放出の影響について解説しました。

スミス氏によると、水の中の水素原子の1つがトリチウムに置き換わることで放射性トリチウム水が発生しますが、トリチウム水は化学的には通常の水と同じとのこと。そのため、汚染水からトリチウム水を除去するにはコストとエネルギー、そして時間がかかります。実際に、2020年に公開されたトリチウム分離技術の(PDFファイル)報告書では、「福島第一原発にただちに実用化できる段階にある技術は確認されていない」と結論付けられています。

処理水からトリチウムを分離できないため、放射性のトリチウム水が残った水が海に放出されることになります。このように放射性物質が環境中に放出される際に問題となるのが、生物濃縮です。例えば、福島第一原子力発電所事故や1960年代~1970年代にかけてイギリスのセラフィールド核施設の事故で大量に放出された放射性セシウム137は、生物濃縮係数がおよそ100です。これは、セシウムが食物連鎖で蓄積されることにより、動物の体内の放射性セシウムが周囲の水の100倍になる可能性があることを意味します。

一方、トリチウム水の生物濃縮係数は約1です。つまり、動物がトリチウム水にさらされても、体内のトリチウム濃度は周囲の水とほぼ同じになるとスミス氏は指摘しました。

スミス氏は「フランスのラ・アーグ再処理工場からは、福島第一原子力発電所で計画されているよりかなり高い割合でトリチウムが放出されていますが、環境に重大な影響を与えているというエビデンスはなく、人への被ばく量も低いものです」と指摘しました。

貯蔵されている水を放出するにあたっては、「有機結合型トリチウム」が水に含まれていないことを確認することも重要です。有機結合型トリチウムとは、有機分子の中にある水素原子がトリチウムに置き換わったものです。物質的な性質が水と同じトリチウム水とは異なり、有機結合型トリチウムを含む有機分子は海の生き物に摂取されると蓄積される可能性があります。

例えば、1990年代半ばにNycomed Amershamという製薬会社の工場からイギリスのウェールズ湾にトリチウムを含む有機分子が放出されたことがありますが、この時の生物濃縮係数は1万にのぼったとされています。

こうした点から、スミス氏は「私たちが直面している環境問題の壮大なスケールの中では、福島第一原子力発電所からの放出は比較的小さなものだと言えます。しかし、苦境にある福島県の漁業がさらなる風評被害を受ける可能性は高いでしょう。従って、太平洋に放射性物質が放出されることで政治やメディアで波乱が起きるのは免れないと思われます」と述べました。

https://gigazine.net/news/20230212-fukushima-release-contaminated-water-expert-explains/