3月上旬、米紙「ニューヨーク・タイムズ」の書評コーナーで取り上げられたのは、75年も前に亡くなった日本の作家、太宰治だった。
日本では絶大な人気を誇りながらも、海外では長らく三島由紀夫の陰に隠れてきた彼の作品が、なぜいま、米国で日の目を見ているのか?
 
若者たちの間でシェアされる「奇妙な動画」

最初に聞こえてくるのは不気味な機械音だ。それから、意味ありげで不吉な声がこう言う。
「教えて太宰、どうしてあなたは死にたいの?」

「逆に聞くけど」と別の声が真面目に言う。
「生きる……と僕たちが呼んでいる行為に、本当に価値なんてあるんだろうか」。
そしてビートが鳴りはじめ、歪んだ叫び声が聞こえてくる──。

TikTokには、この催眠術のようなセリフと音楽(曲はラッパーのMag.Loによるもの)を用いた動画が7500件近く投稿されている。
同じセリフを別の音源と組み合わせたものも含めれば、その数はもっと多い。

叫び声の後、これらの動画にはしばしば太宰治の小説『人間失格』の表紙やページが登場する。
『人間失格』は1948年に日本で出版された、自堕落な生活のなかで抱く疎外感と、自殺を描いたモダニズムの名作だ。
1958年には、米国でもドナルド・キーンによる英訳が出版されている。

こうした動画には、おそらくはとても若い人たちによるコメントが、山のようについている。
『人間失格』を絶賛し、世界観が変わったと熱狂的に語るコメントもあれば、興奮気味に「お母さんがこの本を買ってきてくれたら、すぐに読む!」というコメントもある。


戦後の日本文学には大いに興味があるが、TikTokやアニメ、漫画に関する知識がほとんどない筆者のような人間にとって(こういう人は他にもいると確信している)、
この組み合わせは危ないとまでは言わないが、不可解ではある。

『人間失格』が与えるのは、社会とは「個々人が場当たり的に争い続ける場所であり、そこでは目先の勝利がすべてなのだ」というホッブズ的啓示だ。
そんな小説に臆面もなく共感するというのは、どういうことなのだろうか。

https://courrier.jp/news/archives/320386/