ウクライナ戦争の終結には、①交渉による両当事者の停戦・和平合意、②いずれか一方の軍事的勝利(もしくは優位性を固定化した状態)による終結、③消耗と厭戦による戦闘維持能力の喪失による停戦という主たるシナリオがある。千々和泰明氏が「戦争終結の理論」(『国際政治』第195号、2019年3月)で論じたように、「妥協的な和平」と「紛争原因の根本的解決」にはジレンマが生じやすい。

前者については、早期の妥協的和平は戦争による人的・物的犠牲を抑えるだろうが、その間の優勢勢力側の優位を確定し、将来の危険(当事国のさらなる主権侵害や国際安全保障秩序の劣化)を増すことにつながる。ロシア・ウクライナ双方に早期停戦を促すことは、ロシアが侵略によって獲得・支配した地域の現状を固定化することに結びつく。それは、結果として侵略戦争の利得を是認する態度と切り離すことは困難である。

しかし後者の紛争原因を根本的に解決すること、すなわちウクライナが侵略された国土を回復(2月24日以前の状況に回帰)することは、ウクライナ軍が攻勢を続けて戦況を打開して東南部地域の実効支配を再獲得するか、ロシア軍の損耗率を高めて組織的な戦闘能力を低下させるか、ロシアに対する経済制裁を強化して国家として戦争を継続する能力を奪うか、いずれかの方法を追求する以外にない。このいずれもが、甚大な人的・物的・経済的な損失を伴うものとなる。

ロシアに対する経済制裁が十分に効果を上げていないことも、戦争を長期化させる原因となる。ロシア連邦統計局が発表した2022年の国内総生産(GDP)は、前年比-2.1%に過ぎなかった(ウクライナは前年比-30%とみられる)。経済制裁の影響によりロシア国内の個人消費や生産活動は落ち込んだが、輸出の要である原油・天然ガスの価格高騰がGDPの下支えに寄与したとみられている。リーマンショック時には-7.8%(2009年)、新型コロナウイルス感染拡大の影響時に-2.7%(2020年)だったことと比較しても、経済制裁の効果は限定的であることを物語る。

重要なことは、ロシアのウクライナ侵攻が歴史的に失敗であると位置付け、戦争を可能な限り早期に終結させることである。ウクライナ軍が剥奪された領土を奪還する権利を支持し、その軍事作戦を支援するとともに、ロシアの継戦能力とそれを支える国家的体力を奪うことが、現時点での解である。そのために国際社会が努力すべきことはまだまだ多い。

(神保謙/慶應義塾大学総合政策学部教授、国際文化会館常務理事、APIプレジデント)

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