(ヽ´ん`)「ひひひ、人の本質とは、な、なんだ…?人はう、生まれながらにし、して…“善”か…“悪”か…?」 [268718286]
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脳の作りで性格は決まるので
生まれた時点で善のやつもいれば悪のやつもいる 性善説も性悪説も根っこは同じ定期
人は生まれながらに無垢だが、簡単に堕落するから常に意識してより良く生きましょう
人は生まれながらに悪性があるので、自分自身に磨きをかけてより良く生きましょう 悪だろ
こんな虐殺と戦争が大好きな生き物は人間以外いない 産まれるときって全裸じゃん?
周りに他人がいるのに丸出しじゃん?
つまり猥褻物陳列罪じゃん?
人は誰しも生まれながらに法を犯しているんだよ 神の存在を…感じるか…
あきらめるほか…ないのだ… おれが辿り着いた境地は至ってシンプル
「宗教はすべてビジネス」
「他人には儒教を激推しし、自らは老荘思想」
これだけ
ここまで人が増えたらもう儒教や最低限の道徳(善悪の定義)は必要
それは仕方ない
でも資本主義・競争社会において、真面目で正直者は損をする
治安維持のため他人に道徳を植え付け、自分は性善説で成立している社会システムを利用し尽くす
これが答え 人は生まれながらの善だ
それはAIも変わらない
悪に変えるのはいつも周りの人間達だ 「善」も「悪」も人が頭の中でつくってる価値観
だから頭の中のものに過ぎないんだ!頭の外にある「自然」とかみたいな、善悪道理の及ばない弱肉強食や狂気のような厳しい恐ろしいものこそ本質なんだ!
みたいな考え方がこの数十年前くらいから流行ってたな 数十年前どころか2000年もっと前から流行ってるだろ >>14
結局、全員それやっちゃうとヤバいから
気付いたやつだけは偽善悪を語るようになったのだ 世界中で難を逃れることができたのは、ごく少数の人たちだけだった。それは汚れのない、選ばれた人々で、
彼らの使命は、新しい人類を作り、新しい生活を始めること、大地を刷新し、浄化することにあった
ところが、だれも、どこにも、そうした人々を目にした者はなく、彼らの言葉や声を耳にした者はなかった
ドストエフスキー 罪と罰 「本質」って言葉自体がそもそも西洋の思想では「あらしめてるもの」「形相」「イデア」的な霊的なもの
つまりは絶対善みたいなもの
人どころか一切の本質は善性そのものってことになる
そういうキリスト教的な世界観で疑問に蓋をしてた 人も含めた全ての存在の本性は絶対善そのもの
でも人の欲望からの言動によって悪に落ちるっていうのが多くの宗教の教えの見方だろうな 俺の認識だとアウシュビッツで自己犠牲できる人間じゃないと善とは到底呼べないわね
悪も悪事を働いたからと言って環境もあるからその人を悪とも言い切らないわね 第一寄付をしたから善人なら日本人の99%が善人だわね
これをしたあれをしたなどと言ってみても程度の問題に過ぎない話にしかならないわね
心の中がどうとか言ってみても環境で頭の中で清いことを考えてたり悪いことを考える頻度が高いとか
そんなつまらないことで人間を断じれないわ >>29
仏教は善因善果 悪因悪果を説くね
人の見方を妄想煩悩とまず教えるから善悪否定かと思いきやそれは「因果撥無」と外道の見解とされる まぁ大体悪いことすれば還ってくるのだけども
大悪党がのうのうと楽しく生きてるパターンもあるので
結局辻褄が合わないから来世とか持ち出してる時点で破綻してるよね
大体は還ってくるけど、強ければ切り抜けられる
結局は弱肉強食が真実
だけども我々は弱いから適当に善でもしてたほうが賢いけどね 何十年と生きてて、一度も悪い事が起きないやつなんていないしな
その因果をあれこれ紐付けてビジネスにしてるだけ
霊感商法は当然として、厄年とかまさにだな
まぁこれは健康統計学的な占い要素があるのでまだマシだが
じゃあそう言えばいいじゃんって、何が厄払いだよって
しかも前厄・本厄・後厄、親族の貰い厄ってオイ
そんな人を理不尽にそれも親族含めて不幸にできる謎超パワーを
数千円ぽっちの金で解決できるって(ヾノ・∀・`)ナイナイ
全財産叩くくらいの等価交換じゃなか釣り合わん 悪っていってもそれは相手を同類じゃなくてエサとしてしか見ないからじゃないかな
エサなら美味しくいただくのはそんなに悪じゃないし 右と左みたいなもんで視点によって変わる
生き残った奴こそ正義 金愚堕夢 (きんぐだむ)
古代中国、春秋戦国時代末期 秦の将軍「原 泰久(げん たいきゅう)」は 妻の支えもあり出世し、多くの資産を得ていた。
しかしながら、栄達を極めた頃「嬰讃(えいさん)」なる遊女にうつつを抜かし、 正式な妻に迎え入れようとする 。
その後「乞食婁李(こじるり)」なる、より有名な遊女に気が移ったことを、 監察官の「文春君」に見つかり、名声を失う。
後に戒めとして、金や権力を手に入れて愚かな振る舞いをし、夢の途中にして堕ちる事を金愚堕夢(きんぐだむ)と呼ぶことになった。
民明書房刊『世界性豪列伝』より 善悪なんてものは常識という考えで後付けされて分別さてるだけなんだし
どっちも存在しないよ
常識を取っ払えばただ野生があるだけ (ヽ´ん`)人の本質は「根」何もしなくていいなら何もしないで家にいる、そこに根を張り栄養も得る。他は何もしない、気ままに何もしない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています