東京都心から20~30キロ圏内に位置する「見沼たんぼ」。人口約134万人を抱えるさいたま市と約60万人の埼玉県川口市にかけて外周44キロ、南北14キロ、総面積約1260ヘクタールに及ぶ、首都近郊に残る大規模緑地帯だ。
この地で人々が育み守ってきた郷土文化や季節の風景の1年を数回に分けて紹介する。
沼地だった見沼たんぼは江戸時代初期、かんがい用水池として開発が始まった。1728年以降、新田開発が始まると農地転換され現在に至る。河川氾濫時には下流域の住宅地を守る遊水機能も有する。埼玉県は1965年に原則宅地化を認めない「見沼三原則」を制定した。95年に「見沼田圃(たんぼ)の保全・活用・創造の基本方針」が定められ、自然環境が保護されてきた。
今年は春の訪れが早かった。見沼たんぼを取り囲むように断続的に植わる桜並木は3月下旬に満開を迎えた。域内を流れる見沼代用水沿いに市民らが数種類の桜を植樹し、2017年には総延長20キロを超えた。
5月上旬、田植えが始まった。カエルの鳴き声が響き、にぎやかになる。さいたま新都心のビル群が水面に映る見沼たんぼ特有の景色が広がる中、NPO法人「見沼ファーム21」の会員が田植えをしていた。「この時期のたんぼにはおいしいものがいっぱいあることを、カエルもツバメもよく知っていて集まってくるんだよな」。同法人は埼玉県が耕作放棄地を公有化した田畑の一部を管理し、農作物を栽培するなどの活動に従事する。
周辺集落には竜の伝説が残る。「大宮氷川神社と氷川女體神社 その歴史と文化」(野尻靖著、さきたま出版会)によると「見沼」はかつて「御沼」とされ、信仰や祭事の場だった。「見沼には『不幸』と『幸福』をもたらす竜が棲(す)み、それを恐れ敬う心は、やがて人々の間に『竜神』の存在を想起させる」とある。竜をモチーフにした、さいたま市のキャラクター「つなが竜ヌゥ」は市民に浸透している。
蒸し暑さが増し、夏の気配が強まるとホタルの季節だ。「大谷ホタルの里」(見沼区)は斜面林を利用して整備された。管理する柴田修一さん(71)によると、かつてゲンジボタルの名所だった同地周辺は農薬の空中散布などが原因でホタルが全滅した。30年ほど前から再生がはかられ、今では5月下旬~6月中旬にかけてホタルが放つ光を求めて毎年2000人が訪れる癒やしの場となっている。
https://mainichi.jp/articles/20230616/k00/00m/040/193000c