韓国・天安(チョナン)市のキリスト教牧師、金鐘洙(キムジョンス)(59)が朝鮮人虐殺についての目撃証言を聞いたのは2006年。運営するフリースクールの生徒を連れて東京でワークキャンプに参加し、元小学校教師の八木ケ谷妙子(やきがやたえこ)から話を聞いた。八木ケ谷は小学4年だった1923年、現在の八千代市で、木に縛られた朝鮮人を見たと語った。その人は銃で撃たれ、穴に埋められたという。

 金は、朝鮮人犠牲者の詳しい話を知りたいと考えたが、資料が少ない。名前が明記された数少ない一人が、埼玉県寄居町で震災直後の9月6日に殺され、寄居駅前の寺院「正樹院(しょうじゅいん)」に墓が残る具学永(クハギョン)だった。

 80年に出版された「大正の朝鮮人虐殺事件」などによると、具は朝鮮飴(あめ)を売り歩く28歳の青年だった。震災後、身の危険を感じて寄居警察署に身を寄せた。警察署長や在郷軍人は「彼は善良な飴売りだ」と説いたが、「朝鮮人が暴動を起こした」とのデマにあおられた自警団が具を留置場から引きずり出し、とび口や竹ヤリで襲って殺してしまった――との証言が残る。

 金は具の物語を絵本「飴売り具学永」にまとめ、韓国で出版した。1世紀前の虐殺事件の真相究明のため、韓国国会で立法運動を進める。「過去のできごとを直視することが、日韓の市民がお互い信頼関係を築くには不可欠だ」と考えている。=敬称略(編集委員・北野隆一)
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