2023年2月のある金曜日のことだ。勤務先の大学の図書館で、上司の館長に書類を渡され、こう言われた。

 「軍が兵士を募集しています。月曜日までに徴兵検査の結果を報告してください」

 事実上の招集令状だった。

 イゴル・ゾリーさんは、ウクライナ西部リビウにある国立リビウ工科大のウクライナ日本センター所長で、二つの国立大で日本語を教えていた。この7月で53歳。男性の平均寿命が65歳のウクライナでは十分に「高齢」だ。

 「逃げる気はなかったですね。招集令状が来たら入隊しようと思っていました」

 淡々と日本語で話すゾリーさん。実戦体験はないけれど、学生の時に軍事訓練を受けた「予備役」だから、招集される可能性はある。そう思っていた。

 流ちょうな日本語は11年間、日本に暮らして身につけた。日本語が使えるポストが軍隊にあるか、と尋ねてみたが、あるはずもない。「でも、軍は今、あなたのような(従軍してくれる)人が必要です。がんばってください」と言われた。

 「正直、もったいないと思います。でも、そう言われたら仕方がない」

 オンラインでのインタビューの最中、ゾリーさんは何度も激しくせき込む。せきはなかなか止まらない。

 画面の向こう側は東部ハリコフの病院だ。生まれた時から肺が弱く、2年前に新型コロナウイルスに感染してからせきが続く。

https://mainichi.jp/articles/20230723/k00/00m/030/218000c