貧しいなら「戦死したほうが稼げる」システム
まずは2022年2月にウクライナへ侵攻した契約軍と、年末近くに編成された契約軍はまるで異なることを指摘しておかねばならない。
たとえば、2019年の時点では、典型的な契約兵にはそもそも兵役経験があり、額面で月3万8000~4万2000ルーブル(現在の為替で約5万6000~6万2000円)の給与をもらっていた。
当時のロシアの平均給与が月4万7500ルーブルだったことを考えると、国防省は平均を下回る給与で、よく訓練された兵士を雇っていたということになる(もちろん、兵士たちは完全に保障を受けており、日常生活にかかる出費を自分の給与から出す必要がないということは忘れてはならない)。そして軍関係者が死亡した場合、その家族は300万ルーブル(約445万円)の補償金を受け取ることができた。
だが2022年末の契約兵になると、待遇はまったく違ってくる。給与は月19万5000ルーブル(約29万円、平均給与の3倍以上)で、さらに兵士が死亡した場合には、大統領一時金だけで500万ルーブル(約740万円)が支給された。そして兵役経験がなくとも、誰でも入隊することができた。つまり、ロシア兵の「値段」は数倍も跳ね上がったが、プロとしての資質は評価しがたいほど低下しているということだ。
ウクライナでの本格的な戦争が始まるまでは、軍隊は契約部隊と徴兵部隊に明確に分かれていた(2020年の徴兵による従軍者の給与は月額2086ルーブルで、契約兵はその数十倍もらっていた)。
しかし、現在の軍における待遇はすっかり変わっている。動員によって召集された者たちは実質、正規の契約に基づく通常の契約兵だ。怪我や死亡の際には、最低賃金と補償を受ける権利が彼らにはある。言い換えれば、現在のロシアにおける戦死は「名誉ある運命」であるだけでなく、自らの命を「有益」に失うことでもあるのだ。
では、どのくらい有益なのだろうか? この問いはいますぐ提起する価値があり、その答えはかなり驚くべきものになる。
仮に、ウクライナの占領地域に送られたある動員兵を想定してみよう。彼は5ヵ月間そこで戦闘に参加し、ついに流れ弾(ミサイル、あるいは砲弾)に当たった。この場合、彼の命は特別な意味を持ち、そして巨額の支払いを伴う。
まず言っておかねばならないのは、動員兵は月19万5000~20万ルーブルを受け取れるということだ。つまり、5ヵ月間の従軍でよおそ100万ルーブルが支払われる。それから、500万ルーブルの大統領一時金が出る。それ以外にも、兵士の家族は保険金を受け取ることになる(現在ほとんどの兵士は、保険会社「ソガス」に加入している)。その金額は296万8000ルーブル以上だ。
同時に、戦闘行為に参加した兵士が死亡した場合に出る、従来の補償も廃止されてはいない(2023年1月1日以降、この補償額は469万8000ルーブル)。そして出身地の地方当局から、故人の家族に対し、少なくとも100万ルーブルが支払われる(場合によっては200万、300万ルーブルの場合もある。以降は最低金額で試算をおこなうこととする)。
現行法と規則に従えば、5ヵ月間従軍した兵士の家族は、合計して約1480万ルーブル(約2120万円)を受け取ることができる。それだけではない。子供は手当(月額2800ルーブル)を、寡婦は遺族年金(月額2万1400ルーブル以上)を請求できる。
しかしながら、そうした手当がいつまで支払われるのかはわからない。従ってここでは、たとえば3年間受け取れるとして、戦死者に妻と子が1人いると仮定してみよう。細かな給付(たとえば公共料金60%の払い戻し、交通費給付など)を抜きにしても、支払総額は1570万ルーブル(約2320万円)となる。
では、同じ人物を想定して、今度は彼の「もうひとつの人生」を見てみよう。もしもプーチンが、兄弟国の「非ナチ化」をはじめたりしなければ、この兵士にはどんな人生が待っていただろうか。
彼の出身地は、戦死した場合に100万ルーブルを支払うイヴァノヴォ州だとする(ロシアでは大部分の地方がこのくらいの額だ)。同州では2022年末の平均給与額が月3万5000ルーブルだった。全国的にみると男性の給与は平均して女性よりも高いので、彼は「普通の生活」で月に4万~4万2000ルーブルを稼いでいたと仮定しよう。
すると、上述の戦死時の支給額の総計は、彼の31年分の給与に相当する(給与ならば所得税を納めなければならないため、実際はもっと長い期間分となる)。つまり戦争に行き、30~35歳(最も健康で活動的な年齢)で死んだなら、その死によって後の平時の人生よりも稼げるということだ。
要するにプーチン体制は、単に死を英雄化して称えているわけではない。死を合理的な選択肢にしているのだ。
https://courrier.jp/cj/334532/