AERA『羽生結弦』が苦手」「オータニには悲壮感がない」「オータニサンの事を考えるとワクワクしてしまう」 [932029429]
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個人として結婚しても「羽生結弦」は永遠のプロジェクト? 入籍宣言が重たい
https://dot.asahi.com/articles/-/198345
「羽生結弦」が苦手だ。
などと言えば、日本全国どころか今や世界中の反感を買いそうだけれど、女は意外に「羽生結弦」が苦手なのではないか。羽生結弦さん個人のことではなく、「羽生結弦」というプロジェクトに対する苦手意識のようなものだと思ってほしい。結婚の報告を読んで、やっぱり「羽生結弦」が苦手……という以前からどこかで感じていた気持ちがむくむくとわき上がってしまっている。あんまりモヤモヤするので、なぜ「羽生結弦」が苦手なのか、言語化してみたい。
率直に言えば、「羽生結弦」はとても重たく、そして直視するには、あまりに痛々しいのである。
これは「羽生結弦」だけでなく、幼い頃からスポーツ一本の世界を生き、凄まじい努力(本人だけでなく家族も)によって頂点に立ち、無数の人々に影響を与え、巨額が動く世界を背負い、一つひとつの勝敗によって激しく人生が揺さぶられ、多くが20代で「引退」を迎えるスポーツ選手に共通する悲壮感だとも思う。とはいえ「羽生結弦」の場合は、その「悲壮感」すらも「羽生結弦」というプロジェクトに織り込み済みのパッケージに見えてしまうモヤモヤがあり、それ故に痛々しさが募るのかもしれない。
例えば、今回の結婚の報告がそうだ。世界的なスーパースターとはいえ、フツーに「二人で幸せな家族をつくります。あたたかく見守ってください」くらいの軽さで良いはずなのに、そういう文言は「羽生結弦」の結婚報告には一切ない。「今日も、人生をかけて『羽生結弦』のスケートを深め、一生懸命に努力を続け、進化していきます」とか「今後の人生も、応援してくださっている皆様と、スケートと共に、全力で、前へと、生きていきます」などと「羽生結弦」プロジェクトの主が、一男としての羽生結弦の不祥事を謝っているかのような重苦しい雰囲気に貫かれている。「個人としての羽生結弦が結婚しても『羽生結弦』は永遠なのでご安心ください」という宣言にしか読めないのである。
(略)
羽生結弦さんの演技がサムライの儀式のようにしか見えなくなったのがいつ頃だったか、羽生結弦さんが自身のことを「羽生結弦」とフルネームで呼ぶのが気になるようになったのがいつ頃だったか、もう忘れてしまうくらい前のことだけれど、「羽生結弦」という存在は、王座に座り続けることでしか存在意義がないとされる競技の世界の残酷を私たちに突きつける。その残酷すらショービジネスとして、私たちは楽しむべきなのかと重たい問いを突きつけてくる。
とはいえ、「羽生結弦」の重たさは、そういった重圧からくるものだけでなく、彼の容姿やその演技からは一見かけ離れているように見える日本的な「男らしさ」が見え隠れすることも大きな要因だろう。
「この度、私、羽生結弦は入籍する運びとなりました」
「羽生結弦」の結婚報告は、この一文のみだ。その後に続く文章では相手の女性について一切触れない。そのことをもって「妻をメディアから守るための配慮」と絶賛する人もいるが、不自然なほどの妻の不在は、妻となる人が生涯「羽生結弦の妻」というポジションでは社会に出てくることを「羽生結弦」として許さない、という決意と緊張感を与えるようにも読める。今までと変わらずに「羽生結弦」は「羽生結弦」であるとの宣言も、「羽生結弦」が何よりも優先されるべき結婚生活を送ることであると暗に知らしめるように感じるが、「男の偉大な仕事」が優先されるべき結婚というものが、妻にとってどのようなものになるのかは……フェミニストとしては様々な事例から不穏なものを感じてしまうのである。重たいよ、女にとって、「羽生結弦」というプロジェクトとの結婚だなんて……。
ちなみに、結婚とは「入籍」ではなく「新しい籍を二人でつくる」ことである。夫の籍に妻が入るという戦前の戸籍のイメージが継承されているため「入籍」という言葉を未だに使う人はいるけれど、20代の若い男性が敢えて「入籍」と言うのを聞くと、そもそも男性にとっての結婚とは、名前も変えず、生き方も変えず、本気で「オレの籍に嫁が入る」くらいのものなのだろうなーと目が遠くなる。ジェンダーを越境する魅惑的な演技で世界中を虜にした「羽生結弦」のジェンダー観を知りたくないと思っている私がいる。
ところで、新しい時代のスポーツ界のスター、「オータニサン」には何故悲壮感がないのだろう。オータニさんは自分のことを「オータニ」とか言いそうもないのは何故なのだろうか。オータニさんは、妻と対等な結婚をしそう……と期待させてくれるのは何故なのだろう。「オータニサン」のことを考えるとなんだかワクワクしてしまう。そんなことも、新しい日本の男らしさを考える一つのテーマかもしれない。 AERAこの間までゆづを持ち上げまくってたくせに結婚した途端これ?(笑) 朝日新聞社は相も変わらず対立煽りが好きだね
昔玉ケリ税リーグを持ち上げて野球をボロクソに叩いていたのが朝日新聞社なんだけどね すべてが気持ち悪いけどそういうのはTwitterでやった方がいいんじゃない 羽生結弦に嫌悪感覚える奴は一定数いるだろうな
あのプライドへし折ってみたい そりゃ羽生の一生懸命やって倒れてしまうような
イメージが苦手な奴はいるだろけど
それいちいち記事にすることじゃねぇだろ
別に政治家じゃないんだし
ああいうキャラがいても何の問題もないどころか
ああいういじめられやすそうなキャラこそ
守っていかないといけないし
容認していかないといけないんだろ
>>1
なにいってんだこいつは 東京オリンピックでアスリートは自分の事、オリンピックはオリンピック後のステップアップでしかないことに沢山の人が気づいたねん(´・ω・`)スポーツ選手への幻想は崩れたねん(´・ω・`)
大谷を褒めてるこいつはなんも見えてない馬鹿だから記者やめた方がいいねん(´・ω・`) 羽生はナルシストの痛いおっさん
大谷は野球マシーン
別にどっちが良いとかはないと思うが 大谷みたいな記録だけではなく
イメージも満点のスーパーマンは
よくできたスーバーヒーローのキャラクターと同じで
親が子供に何の心配もなく渡せるおもちゃみたいなもの
しかし羽生はそうじゃないし
そうではない人間がほとんどだからこそ
それを受け入れていかなければならない
それができないやつがインセルミソジニーみたいになって
こんなこと書くわけで>>17 ・研究者の英和辞典を叩く。
・NHK嫌いで、NHKと組んでいたAmericanBCを叩く。
・酢を叩く。
週刊朝日は記者個人の好き嫌いで出来ています。 別に大谷にも羽生にも全く興味ないし
相変わらずキャラクターでしかスポーツ見られない人が多いなと反吐が出ますね >>21
女性の記事かなと思ったらやっぱりそうだった マジでいつまであんな感じで行くんだよ
さすがにもうアダルト脱皮し始めないといかん歳だろ 弱いのに悲壮感が無いってそれヘラヘラしてるってことだからチームのファンはイラついてるよ それと>>1のジェンダー感は明らかに
社会的性に取りつかれているとしか言いようがない
女は羽生が苦手なんだみたいな
こんな表現はモロに社会的な性に取りつかれた
言い回しでしかなく
そんなとこからただ誹謗中傷しているだけのものでしかない
この人はジェンダー思想とはかけ離れた
フェミニストですらない
ただの差別主義者だよ 確かにチームスポーツやってるはずなのにチームの話題出ないで
兜だの誰と仲良しとかやってんのバカなんじゃねとは思ってるよ 結局どうして羽生は駄目で大谷は良いのか言語化出来てねえ
単なる好みの話にしか出来ねえならジェンダー論絡めるな >おんなの話はありがたい
>北原みのり
こいつでスレ立てるのもう止めろ あんなわけのわからんイベントでドーム公演できてるんだからとてつもない天才だよ 試合はかっこいいなと思ってたんだけど幸せを捧げるとか言い始めたところから
いや、別に誰も頼んで無いだろと思ってた 俺は嫌い
見てると共感性羞恥心でぐちゃぐちゃな精神状態に陥る 文章だけで
あいつだとわかる
もうワンパターンすぎて 羽生のバックボーンとか知らんからか悲壮感的なものは今まで全く感じなかったな >>29
アホか
いいか悪いかは別にして典型的な日本のフェミニストだろうが フェミニストとして何か問題を起こしたわけでもない他人の恋愛事情を勝手に語る 女性で言えば「ぶりっ子」的な感じやろな
同性には嫌われる、異性受けは非常に良いけど異性でも嫌う人間はけっこういる これまで見てきて「プロジェクト」には頷く
このライターさんが彼をどこまで知っていて書いているのかわからないけど、何年間もの海外生活に母親帯同とか、「男は家事しない」発言とか考え合わせると一定の説得力はある ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています