浄土教「阿弥陀如来様はあまりにもすごい方だから念仏唱えるだけで極楽浄土に引き上げてくれるぞ!」→お前らなんで入信しないの? [786835273]
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>>160
空海が四国にため池とか作ってたからその影響? >>151
仏国土という表現を一番感じやすいのは変な話西遊記だと思うんだよね
孫悟空が地の果てまで飛んだと思ったら釈迦の手のひらの内にしかいなかったというあのエピソード 臨死体験とかで阿弥陀が出てきたなんて話する人一人も居ないのが不思議
大きな人とか眩しい光とか先祖とかはでてくるのに 原始仏教ダンパマダ、スッパニータは上座部的で
四諦八聖道で修行で煩悩離れて悟ろうぜだったのがえらく変わったなぁ
大乗仏教の代表的お経の般若心経は仏陀の一番弟子シャーリプトラが
観音菩薩に悟りや四諦含め全ては空ですよーとお説教して
このギャテーという真言はマジ凄いという内容だし じいさんが葬式のとき坊さんのお経のフレーズに合わせて「なむあみだぶつ・・・」と唱えてたのが印象的だった
葬式は前の人のマネしとけばいいと教わって抹香やら拝み方やら適当にしてたけど
浄土真宗の「なむあみだぶつ」はどこで言うのか分からなくてついてけなかったわ
「ぎゃーてーぎゃーてーはらそーぎゃーてー」のが親しみがあった ごめん観音様がシャーリプトラにお説教してだ
大乗仏教の優位性を誇る要素が満載
般若心経は真言宗でも唱えてるな
このお経の肝はぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか
という修業を経て彼岸へ行く讃歌部分だ >>136
それがゲームクリア
クリアするまで永遠にリセットされてまたやり直し。
前のプレイが悪かったら、畜生スタートとかハードモードになる。 自分にはできないから死ぬまで厳しい戒律守ってるところだけすこしばかりの寄付してるわ 奥州藤原氏や藤原頼通も金も名誉も地位もほしいままだったが
老いて病気になって死ぬのは避けられなくて、じゃぁせめて浄土に行くように
ゴージャスなお寺を建てようと思った。
明治以前の皇室も法皇とか仏に帰依してた。
明治になったら国家神道で戦時中は現人神だった お釈迦様が法と自分をよりどころにせよと
信者への遺言が、法=三世諸仏になって
阿弥陀如来、弥勒菩薩と様々な信仰対象を産んだ
お釈迦様はその一部の釈迦如来になった >>47
多くのヒトはシャカにもキリストにもなれないから
その代わりに救済を与える宗教という多くのヒトに受け入れやすい形に変えて提供されてるんじゃないの
シャカはあくまで仏教における理想像であって仏教というのはシャカ個人だけで成立させたんじゃなく多くの後進達の模索の結果今の形であるのだろう 後世創作の前世譚とかはお釈迦様も苦笑してるだろう
お釈迦様の再来を騙る麻原や大川隆法氏などは噴飯物だな >>4
真宗は唱えようと思うだけで唱えた事になる
真宗は何から何まで緩い 1つの電子の電荷は精密に測ればいつでも完璧一致する
電子は実はこの世に一粒しかない
遍く同時に存在する >>163
なんか他力本願はビジネスの妨げ!!みたいな根本的な誤謬 >>182
唱えようと思っただけで唱えたことになる、を表現した専門用語は何だっけ? >>188
そのとおり
プロテスタントの教えとそっくりで近代的思想だと
欧米コンプにウケがいい浄土真宗
日本本来の土俗性と一体の一遍上人を浄土教の後退だとdisる輩 >>192
方や念仏、方や法華経だが
神社参拝を否定し
神祇不拝してるところはよく似てる
ごった煮の日本らしくなく
新興宗教っぽい >>193
ぽいと言われても…
それぞれの成立年代はすぐ分かるだろ >>194
浄土真宗教団が実際にできたのは
室町時代後期
当時、大きな勢力だった一向宗や時宗教団を背乗り乗っ取り工作かけてだから
創価学会なみに新しい >>195
おお!!!
その論文どこすか?印仏研?東大?筑波? ChatGPTに聞いてみた
阿弥陀信仰ってほぼキリスト教じゃね?
キリスト教の予定説と浄土真宗の阿弥陀信仰には、いくつかの類似点が見られます。以下にその類似点をまとめてみましょう。
救済への依存:両教義とも、信者が救済や永遠の幸福を得るために、神(キリスト教)または阿弥陀仏(浄土真宗)に対する信仰と依存を強調しています。信者は自己努力だけでは救済を得ることが難しいとされ、神や仏の恵みに頼る必要があるとされています。
罪と浄化:両教義では、人間は罪深い存在であり、その罪から救われる必要があると説かれています。キリスト教ではイエス・キリストの犠牲によって罪が贖われるとされ、浄土真宗では阿弥陀仏の力によって罪が浄化されるとされています。
信仰と信心:どちらの教義も、信者の信仰心や信心が救済において重要であると教えています。キリスト教では、信仰心をもってイエス・キリストを信じることが救済の鍵とされ、浄土真宗では、心からの信心が阿弥陀仏の浄土への導きとされています。
永遠の命への希望:両教義とも、信者が死後に永遠の幸福や救済を得る希望を提供しています。キリスト教では天国で神と共に永遠の命を過ごすとされ、浄土真宗では極楽浄土で阿弥陀仏と共に永遠の幸福を迎えるとされています。
これらの類似点は、キリスト教の予定説と浄土真宗の阿弥陀信仰が、人間の救済と永遠の幸福への道を信仰と信心を通じて模索している共通のテーマであることを示しています。ただし、教義や背景には異なる要素も存在するため、詳細な比較を行う際には注意が必要です。 覚鑁上人や高野聖など真言宗系の念仏布教も忘れてはならないでしょうね >>198
阿弥陀信仰と言うが、その信心すら阿弥陀仏側から提供されるものだという認識についてはうまくぼかして書いているなww
多分、難し過ぎて確信が持てなかったんだろう ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています