繰り返しになるが、「グローバルサウス」という表現は、1969年に誕生し、欧米などでは冷戦後から頻繁に使用されてきたが、日本のメディアに登場することはこれまでほとんどなかった。2023年に入るまでの数十年間の間に、朝日新聞では合計6記事、毎日新聞5記事、読売新聞5記事にしか掲載されなかった(※5)。これらの国を指す表現として「発展途上国」、「途上国」、「新興国」等が主流だった。しかし2023年1月から、これら新聞の記事などに登場する「グローバルサウス」という表現が一斉に増加した。2023年1月から7月までの7ヶ月で朝日新聞は123本、毎日新聞は123本、読売新聞は239本の記事において「グローバルサウス」に言及した。

日本の報道における「グローバルサウス」頻出の背景には何があるのだろうか。冒頭で述べた通り、グローバルサウスの国々で大きな変化が発生したわけではない。また、欧米の政府やメディアから日本のメディアに影響した可能性も考えにくい。上述したように、欧米の政府やメディアはすでに2022年前半からグローバルサウスに対する注目を高めており、一方日本の報道で急増したのは2023年1月以降だったため、時期の整合性がとれないためだ。確かに、日本のメディアの関心が高まった2022年12月21日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はアメリカのホワイト・ハウスで記者会見およびアメリカ議会での演説を行い、いずれの発言においてもゼレンスキー大統領は「グローバルサウス」に言及しており、同氏の発言に対し日本メディアが注目を集めたという仮説も考えられよう。しかし、日本のメディアが同記者会見および演説に注目していたものの、少なくとも朝日新聞、毎日新聞、読売新聞によるその一連の報道において「グローバルサウス」という表現が用いられることはなかった。

日本のメディアが「グローバルサウス」に言及し始めた2023年1月には、グローバルサウスの国々が中心となる大きなイベントが開かれた。1月12日と13日にインドが「グローバルサウスの声サミット2023」をオンラインで開催し、120カ国を招へいした。同サミットには、グローバルサウスの国々が直面する諸問題などに対する各国の声を拾い、グローバルサウスの国々の結束を高める狙いがあった。しかし、このイベントが日本のメディアによるグローバルサウスへの注目のきっかけにはならなかった。読売新聞に関しては同イベントを2本の記事で紹介した一方、朝日新聞と毎日新聞は同イベントの存在にすら言及しなかった。

「グローバルサウス」というテーマにおいて、日本のメディアが耳を傾けようとしているのはグローバルサウスの国々や人々の声ではなく、日本首相の声のようだ。岸田首相による「グローバルサウス」に関する言及が急増した2023年1月に合わせるかのように、同月に報道での言及回数も増えた。報道ぶりに関しても、岸田首相の言葉を直接引用するなど、新聞社による独自の取材や分析が加わったわけではなかった。例えば、1月に朝日新聞が「グローバルサウス」に言及した記事5本のうち、4本は岸田氏が言及したことを報道していた。毎日新聞においては、1月にグローバルサウスに言及した記事3本は、いずれも岸田氏の発言が報道の中心だった。読売新聞は同じ1月にグローバルサウスに言及する記事が他紙より多い19本だったが、うちの8記事は首相もしく外務大臣の発言がきっかけとなった。19本のうち、グローバルサウスの国々が記事の中心となって取り上げられているものは4本にとどまった。

日本のメディアは、2023年1月以降も日本政府の見解を復唱するかのように、G7広島サミットにかけて「グローバルサウス」の登場回数を増やしていった。そして同サミットが開かれた5月には、各紙ともグローバルサウス関連報道量が跳ね上がり最大値に達した。

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https://globalnewsview.org/archives/22041