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閉店の報せは突然に……失われゆく老舗名喫茶の記憶を辿る
「純喫茶」ブームの傍らで、建物の老朽化や店主の高齢化によって、多くの名店たちの閉店の報せが止まない。『純喫茶コレクション』という名義で喫茶店の魅力を雑誌や書籍などを通して発信している、東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈さん。8月12日に12冊目となる著書『純喫茶とあまいもの 名古屋編』を上梓した難波さんが「純喫茶と閉店」という問題について考える。
慌ただしさのなかで一息
数年前から「昭和」や「レトロ」に再び光があたるようになり、その時代が懐かしい世代だけに留まらず、おそらくまだ生まれていなかったであろう若年層も注目するようになりました。たとえば、レコードや古着、家具、電化製品、そして、その空間やメニューが魅力である純喫茶も昭和遺産のひとつです。
スマートフォンの普及を筆頭に、昭和の時代に思い描いていた「未来」的なことが驚くスピードで身近になった便利な今、あえてアナログなもの・場所を探して手にとってしまうのはなぜでしょう。慌ただしく過ぎていく毎日のどこかに、ほっとする瞬間が必要な人は多いのかもしれません。
純喫茶の安心感
駒込・アルプス／1階の大きなガラスケースからケーキを選んで、わくわくした気持ちで2階の喫茶室へ。 壁に掛けられていた東郷青児の大きな絵は何度見ても素晴らしかった。
私が純喫茶巡りをするようになったのは、アルバイトをして自由に使える自分のお金をもつようになった大学生の頃でした。世の中には最新のセンスを堪能できるカフェも多数ありましたが、そのおしゃれさに勝手に気おくれしてしまい、入るまでの敷居は高くとも席に座ってしまえば、周りの人たちはどこかマイペースでほかの人たちのことなど気にしていないような純喫茶の安心感にほっとし、好んで通うようになりました。
その平成の時代から令和の現在までずっと飽きることなく、出会った店の扉を開け続けてきて早十数年。空間、メニュー、店主との会話など、純喫茶のもつ魅力はいくつもありますが、私が最も引き込まれてしまったのは、現在では同じものを造るのは難しいであろうその凝った内装デザインでした。
数えきれないほどの閉店の報せ
駒込・アルプス／細い首や今にも飛んでいきそうな羽の部分は熟練した技によるもの。 食べてしまうのが惜しく、いつもしばらく見つめていた。
2008年から自分の記録のために書いていたブログ『純喫茶コレクション』が、出版社の方の目に留まって書籍化したのは2012年春のこと。そこから現在に至るまで、12冊の書籍を綴ってきましたが、その間に数えきれないほど閉店の報せにも直面してきました。
2023年2月にリニューアルした『純喫茶とあまいもの』は、2018年発売にも関わらず 、わずか5年の間に掲載されている30軒のうち、7軒が閉じてしまったことから新装版に。
この中からいくつか挙げると、手塚治虫や池波正太郎も足を運んだ浅草の“アンヂェラス”、ガラスケースに並ぶスワンシュークリームたちの様子が微笑ましかった駒込の“アルプス”、静かに珈琲を飲む文化人やミュージシャンの姿を見かけることも多かった西荻窪の“DANTE”、数年後にリニューアルオープン予定とアナウンスされている西荻窪の“こけし屋”など、ずっと続いていくと思ってやまなかった名店たちがその歴史に幕を下ろしているのです。
書籍には掲載していないものの、その佇まいに一目惚れした広島の“パール”や三原の“まきしむ”の閉店の際には、いてもたってもいられなくなり、前日に思い立って新幹線のチケットを買い求め、翌日にはその空間の中にいたことも。一度しか伺えなかったものの、熊本の“シグナル”や岡山の“東京”など、在りし日の惚れ惚れとする様子は今でも脳裏に鮮やかで、どこか閉店した事実を受け入れられず、記憶の中で反芻してはうっとりしている遠方のお店たちも多数あります。
さまざまな閉店理由
向島・カド／先代と二代目によって造られた美しい内装は、移転先の茨城に引き継がれ、 さらにパワーアップして再開するそう。今からその日が楽しみでならない。
閉店の報せは唐突なところもあれば、数年前から告知されているところも。その理由の多くは、店主の高齢化、後継者の不在、建物の老朽化、賃貸である場合はビルの建て替えによる立ち退きなどが主です
