安倍殿と遣使の紐育にかかることありき。
殿がにわかに絹の市に入りき。襟締を三本選び、
「萩生田も買へ」と言へば、一本選びき。殿はその四本を手にあきびとに向かへど、大音声にて「我、弗を持ちたらざりき」と言ひ罵られ、我が払ひき。
「すなはち返す」と言はるれど、その日、その次の日も返す気色はあらざりき。
帰りの船に相乗る前、襟締代はこころざしにせむとすと伝へき。そせば、「かたじけなし。日の本の銭に数はば如何に」とうるさきことを言へば、こころざしにすと伝ふと、
「萩生田と唐の国に来し思ひいで。この襟締いつく」と言ひき。
この十日後、内裏の廊下に、この襟締をきしき殿と会ひき。襟締をめでば、「誰かにもらひしぞ」。
そは我がたてまつりき、と申し上げき。