2023/11/30
官房機密費「月7000万円」 野中広務氏の告白 ~過去の紙面から
https://mainichi.jp/articles/20231129/k00/00m/010/116000c 2010.5.20
メディアを揺るがす“大贈収賄事件”官房機密費を懐に入れたマスコミ人たちの常識
http://diamond.jp/articles/-/8183?page=2 >ところが、三宅氏は「週刊ポスト」の筆者の取材記事に対してはこう答えている。
>「(代理講演を)引き受けることにしたら秘書が100万円を持ってきた。
>藤波のポケットマネーだと思って受け取りました。領収証も書いていない」
>これこそ、「政治とカネ」の問題である。
>内閣官房からの領収書のないカネは、すなわちそれが機密費である可能性を
>限りなく高くする。
>さらに、領収書を受け取っていないということは、税務申告を怠っている可能性もあり、
>所得税法違反の容疑さえも芽生える
2010年05月30日
わたしはこれで記者を堕落させた 「機密費」で接待、「女」も用意
平野貞夫・元参院議員に聞く
https://www.j-cast.com/2010/05/30067532.html?p=all ry
接待うけた記者がその後出世していった
――官房機密費の対マスコミ使用について、直接経験したことを聞かせて下さい。
平野 昭和40(1965)年の終わりから2年間ぐらいの話です。
当時、衆院事務局に勤務しており、園田直・衆院副議長の秘書を務めました。
園田さんに言われて竹下登・官房副長官のところに報償費(官房機密費)を
月々300万円とりに行き、その大部分を私が管理していました。
野党対策費として旅行の際の餞別に使ったり、副議長担当の記者対策にも使ったりしました。
当時はまだ、テレビではNHKの記者だけで、あとは大手の新聞、通信社。
20代の記者もいたけど、多くは30から35ぐらいで、40歳近い人もいました。
担当記者を連れて、赤坂や銀座の料亭へ行ってクラブへ行って……ランクは中級でしたがね。
それから記者たちはこちらが用意した「女」とホテルに泊まってました。
私は途中で抜けるのですが、園田さんから「ちゃんと最後まで接待せんか」と
怒られたこともあります。
その費用をこちらが持ち、1度に20~30万円、月に1回程度といった感じでやっていました。
――記者に抵抗感はなかったのでしょうか。
平野 それが当たり前の時代でしたから。
でも、朝日新聞の記者だけは応じませんでした。
「自分の信条だ」とか何とか言ってました。
ほかの記者は、政治家や派閥と仲良くやって情報を取る、それが仕事だと思っていて、
後ろめたさは持っていませんでした。
また、そういう記者がその後出世して行きましたよ。