「ちゃぶ台返しはしない」 シン・エヴァ制作進行が見た“マネジャー庵野秀明”の姿(後編)

シン・エヴァのスタッフが見た「ドキュメンタリーとは違う」庵野氏
公開当時に放送されたNHKのドキュメンタリー番組では、庵野氏が一度現場に任せようとしながらも、結局本人が直接カメラを手に取ったり、制作が進んでいたシーンを破棄して脚本から作り直したりするシーンも放送された。
視聴者からは「庵野秀明の“ちゃぶ台返し”」「ワガママに振り回されるスタッフがかわいそう」「結局自分ですべてやりたい人なのか」――そんな声も聞かれた。
だが、庵野氏の隣で制作に携わったスタッフが見ていた景色は少し違うようだ。
「庵野さんは“ちゃぶ台返し”はしない」。シン・エヴァの「Avant2パート」「Aパート」で制作進行を担当した、成田和優(なりた・かずまさ)氏は言う。
成田氏は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から2017年にカラーに転職。シン・エヴァ制作進行という内部の視点と、畑違いの職場からやってきた客観的な視点でプロジェクトを見てきた(成田氏のカラー入社の経緯については前編を参照)。
NHKで放送されたように、シン・エヴァの「Aパート」の作り直しは実際にあった。だがその判断は「合理的」であり、スタッフも納得して付いていった、と成田氏は言うのだ。
Aパートは作り直したが「庵野さんはちゃぶ台返しはしない」
NHKのドキュメンタリーでは、「Aパート」のプリヴィズ映像が完成した後、スタッフ試写を行い、アンケートの結果を見た結果、庵野氏が脚本から作り直しを決めるシーンが放送された。
半年以上かけてプリヴィズを作ったにもかかわらず、ゼロに戻って脚本が直される、“ちゃぶ台返し”とも見えるこの行為に、スタッフは徒労感にさいなまれたのではないのかと視聴者は心配した。だがこの作り直しはむしろ「効率的で合理的だった」と成田氏は言う。
「この時点でプリヴィズ素材は既に大量にあったので、撮り直さなくて良かった。通常の画コンテベースの作り方なら、編集は(現場や監督にもよるが庵野監督の場合)制作工程の終盤、尺を決めるところで行われるため、
そこまで来たらもう脚本は変えられないし、変えてしまうとそれまで作った絵はすべて描き直しになるが、シン・エヴァは既存の素材を編集し直すだけで、Aパートを作り直すことができた」
プリヴィズから作っていたため試写映像を早い段階で確認でき、脚本を直しても素材はそのまま使える。画コンテや原画・動画も描く前なので、無駄になる仕事は少ない。プリヴィズシステムにしたメリットが生きた瞬間とも言えるだろう。
「庵野さんは合理性を伴わないちゃぶ台返しはしない」と成田氏は断言する。少なくともシ
ン・エヴァについて、スタッフが納得できないような“ちゃぶ台返し”はなかったと。
「『嫌だから』とちゃぶ台を返すと、人はついてこない。僕が入社する前の大昔にはあったかもしれないし、外の人から見たらちゃぶ台返しにみえているかもしれない。
しかし実際には、何かを変えたり指示したりする時は、シンプルに、今ある映像が良くないか、さらに良いものにできる見込みがある時。判断基準は常に合理的だ」

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