■長野県で起きている戦争
長野県においても「リニア長野県駅には1日6800人が乗降し、経済効果は年336億円」と試算されている。この予測に基づき、飯田市でも、リニア駅建設、アクセス道路となる県道の拡幅(県の仕事)、駅周辺開発(市の仕事)の3点セットが計画されている。
この計画によって一般住宅が約190戸、事業所約100ヵ所が立ち退き対象とされ、実際に多くの家屋と事業所が27年リニア開業に備えて立ち退いた。
この県道拡幅に一家で「立ち退かない」と決めたのが、型染め業「筒井捺染工場」を営む筒井克政さん(75歳)だ。もし拡幅されると、工場は隣接地への移転を余儀なくされる。
最大の問題は、立ち退き料や補償金が安く、筒井さんが約1億円を自己負担することになることだ。これでは廃業につながりかねない。筒井さんは「県が私たちの生活を真剣に考えてくれないことが我慢ならないのです」と県のやり方に不満を漏らす。長野県のリニア整備推進局に尋ねた。
――JR東海から新たな開業時期の報告は?
「『静岡問題を解決すれば開業時期がわかる』とだけ言われています」
――道路拡幅も、開業が遅れるなら今後の立ち退きはもっと後でいいのでは?
「道路拡幅はリニア計画前からあった計画なので、立ち退きは粛々と進めます」
――そもそも県内でも工事が遅れているとのご認識は?
「遅れている現場はあるが、それが27年以降となるかの説明がJRからありません」
ここでも、自治体が自ら情報収集をしていない姿勢を確認できただけだった。

今、飯田市のリニア駅予定地周辺は、家の土台だけが残る空き地だらけだ。多くの人が、27年開業だからと自治体とJR東海に説得されて、立ち退いた。その中で、ただひとり、熊谷清人さん(83歳)が「先祖伝来の土地を守る」と立ち退きに応じない。熊谷さんは「これは形の違った戦争」と表現する。
「果たして実現の見込みがあるか不確かなリニア計画に、国策として一般市民が総動員される。その結果、家や財産を失い、地域が失われても、誰も責任を取ろうとしない。太平洋戦争では私の父も叔父も戦死しただけに、なおさらそう思うのです」

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