総合指数、生鮮食品を除いた指数、生鮮食品とエネルギーを除いた指数の前月比を見ると、2022年初から2023年初にかけては、0.3%(年率3.6%)から0.5%(年率6%)で推移していたが、2023年春以降は、0%から0.3%で推移するようになった。
消費者物価指数においても、2020年末から2022年末までのような物価上昇の趨勢は、2023年半ば以降、もはや失われたといってよい。


労働市場にかかわるマクロ経済データは、いっそう「好循環」と矛盾している。
しばしば、「去年の春闘は、人手不足で大幅な賃上げとなったものの、それでも物価上昇に追いつかず実質賃金が低下した」といわれてきた。そうであるがゆえに、今年の春闘の大幅な賃上げは、物価上昇を上回って実質賃金の改善が期待されているわけである。
しかし、実際のマクロ経済データが示すところは、そうした解釈と真逆なのである。
去年の春の賃上げでも、名目、実質の両面で賃金は大きく改善した。たとえば、2023年4月から2023年5月にかけて、給与総額は名目で2.9%、実質で2.1%上昇している。
問題は、その後、昨春の賃上げの水準が維持されなかったところである。名目は、5月から12月にかけて約1%低下し、実質は、同期間に2.8%も低下している。
したがって、労働市場全体のデータが示すところは、大幅な賃上げにもかかわらず、現金給与総額が名目でも、実質でも低迷してきたことになる。


「人手不足」は、労働供給が抑制気味である一方、労働需要が旺盛である現象を指している。しかし、現実は、「人手不足」という印象に反して、労働供給だけでなく、労働需要も低迷してきた。


有効求人倍率を見ると、2020年8月の1.04倍から2023年1月の1.35倍へと大幅に回復した。しかし、その後は、2023年12月までに1.27倍まで低下した。また、1000人未満の事業所では、新規求人数が2023年に入って低下してきた。


いずれにしても、2019年の有効求人倍率が1.5倍を超えていたことを踏まえると、2023年初以降の有効求人倍率の低迷は、労働需要がいかに弱いのかを端的に示している。
こうして見てくると、日銀の短観データ(雇用人員の過不足)にあらわれている「人手不足」も、中小企業を中心として、労働需要の拡大ではなく、労働供給の抑制を示している。
「好循環」のもっとも重要なエンジンは、当然ながら、家計消費を中心とする総需要の高まりであろう。しかし、家計消費は、新型コロナの落ち込みからさえ回復していないのである。
半耐久財を除いた家計消費項目は、新型コロナから3年を経過しているにもかかわらず新型コロナ前の水準を回復していないばかりか、2023年に入って再び低下傾向に転じている。こうしてマクロ経済データを見る限り、家計消費を主軸とする総需要の拡大とは、とてもいえない状態なのである。
このようにして見てくると、順風満帆の春闘、好調な企業業績や堅調な株価、局所的な「人手不足」の経済現象だけを見て「好循環」と判断し、マイナス金利政策やYCCを解除したことがきわめて危険であることは明らかであろう。


2016年1月のマイナス金利政策や同年9月のYCCで加速された2013年4月以降の異次元金融緩和は、そもそもデフレ脱却の政策効果がなかったことを率直に認めなければならない。

今般、マクロ経済データを丁寧に確認することなく、拙速に「好循環」と判断されてきた現実は、単に輸入物価の急激な上昇という「負の供給ショック」の表れにすぎなかったわけである。そもそも無茶なロジックではあったが、こうした「負の供給ショック」が発火点となって「正の需要ショック」に転じることなどまったくなかった。

こうした事実を踏まえると、異次元金融緩和という異形の金融政策には、総需要促進という意味でのデフレ脱却の政策効果が不在であったことをさらに裏付けているにすぎないのではないか。

見せかけの「好循環」を根拠にデフレ脱却の政策効果と判断して金融緩和政策を解除するのではなくて、無意味な金融緩和政策は直ちにやめるという、非常に自然な判断で政策解除を進めればよい。

マクロ経済データぬきのから騒ぎは、もうやめようではないか。

齊藤 誠
名古屋大学大学院教授
https://toyokeizai.net/articles/-/744733?page=3