日本の地理学は『銃・病原菌・鉄』をいかに語るのか―英語圏と日本における受容過程の比較検討から―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejgeo/7/2/7_225/_article/-char/ja
より抜粋

3. 面白さの背景と人気を維持させる構造(杉山和明)
1)魅力的な記述に乗せられてしまう危うさ
私が『銃・病原菌・鉄』を読み進めていくなかで感じた本書の魅力は,①洗練された書名と章タイトル,
②こなれた訳文による読みやすさ,③疑問を投げかけ鮮やかに解決していく物語的展開,④一般の読者が興味を持ちそうな意外な諸事実の提示 ,そして,意味的にやや重複する部分もあるが,⑤後の歴史を決定づけた記念碑的戦闘の鮮やかな描写と勝因の提示,⑥大局的かつ明快な環境決定論の構図から歴史の趨勢を演繹的に説明する手法,といったことである.
これらは,好意的な書評のなかでも指摘されていることであるし,私もそれらの一部に魅了される側面があったことは否めない.ただし,私の場合,読み始める前に共同執筆者との対話があり,「単純におもしろく思えてしまうところこそが,一歩引いてみると批判されるべきところなのではないか」という感覚が常に念頭にあったために,違和感を覚える論点がいくつか見えてきた.個別の記述を除いて私が特に看過できないと考える,本書の面白さや人気の裏にあってそれらを下支えしている要因を以下に四つ挙げておきたい.