ジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』

通常の体験からすると、労働者が実質賃金よりは名目賃金を(ある程度までは)求めるという状況は、単なる可能性どころか、こっちのほうがまちがいなく通例です。労働者は名目賃金削減には抵抗しますが、賃金財の価格が上がるたびに労働力を引き揚げる、などということはやりません。労働者たちが名目賃金引き下げに反対するのに、実質賃金低下に文句を言わないのは非論理的だ、などと言われることもあります。以下(セクション III)で述べる理由から、これは一見したほど非論理的ではないかもしれません。そして後で見るように、これはありがたいことです。でも、論理的かどうかにかかわらず、経験によれば労働者の実際の行動はそうなのです。

セクション III
 実質賃金の全体水準を決めるのは、個人と集団間の名目賃金をめぐる闘争だと思われることが多いのですが、賃金闘争は実はちがう狙いを持っているのです。労働の移動性は不完全だし、賃金は職ごとに純利益が厳密に一致するわけではないので、まわりと比べて相対的な名目賃金の低減に合意する個人や集団は、実質賃金の相対的な低下に苦しむことになります。だから、彼らとしては名目賃金の低下には低下するのです。一方で、お金の購買力が変わることからくる実質賃金低下すべての抵抗しても、実用的な意味はありません。それはすべての労働者に同じように影響するからです。 そして実際、こうした形で生じる実質賃金の低下は、よほどひどい損害を引き起こさない限り、一般に抵抗は受けません。さらにある特定の産業だけに対する名目賃金の削減への抵抗は、実質賃金の全面的な削減に対する類似の抵抗から生じるような、総雇用の増大に対する克服しがたい障害は引き起こさないのです。
https://genpaku.org/keynes/generaltheory/html/general02.html